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2008/04/09

心の健康問題の特性

メンタルヘルス・ウェブログ

メンタルヘルスケアの具体的な進め方に際して、まず心の健康問題の特性という部分について学びたいと思います。
メンタルヘルスの特性。
心の健康を客観的に測定する方法は過去から現在において未確立である。これは未来においても確立するものではないと思われます。
従ってメンタルヘルスほど、その状態を正確に把握する方法の困難な問題はないと感じるのです。
しかも生ある全ての人々に関係するものであるのに個人差という部分が非常に大きい。また、精神障害を伴わない人からの誤解を伴うケースが多分にあり誰もが経験しうる可能性があるはずなのに、なってしまわないと理解しづらいという未知的な要素を含んだ厄介な問題である。
職場における産業医も現状は内科医というスタンスが主流であり、働く従業員の心の健康すなわちメンタルヘルスケアにおけるサポートについては今のところ産業医よりも事業場外資源によるケアが確立しつつある。
このことは、いわゆるメンタルヘルスプロバイダーたる事業が各所で立ち上げられている様相からも伺えるところかと感じるところであります。

その他にも、当事者のプライバシーの問題や職場の人事労務管理部門と複雑に関係し合い相互に影響し合うという特性からも、血液検査やレントゲン検査で明確に判断しうる身体的障害に比較して非常に奥の深い現代の問題であると思います。
これらの、特性に留意したうえでメンタルヘルスケアを推進してゆかなければならない事が重要であります。



2008/01/29

心の健康対策46%

メンタルヘルス・ウェブログ/ posted by レオン

従業員(社員)の健康管理問題といった観点から
労働安全衛生法においては「職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進すること」
私法においては、「使用者(企業)は、その雇用する労働者(従業員)に従事する業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者(従業員)の心身の健康が損なうことがないよう注意する義務を負う」
とありますが、1000人以上の従業員を抱える企業等では社会的責任を踏まえて健康への管理体制の強化と法令遵守の履行が進められる中、日本企業といった広い括りで見るならば、メンタルヘルスへの取り組みは、まだまだ始まったばかりなのかもしれません。

以下、関連ニュースを引用

読売新聞社の著作物について



2008/01/04

自己犠牲的な人々

メンタルヘルス・ウェブログ

過剰適応。
周囲の環境や人間関係に過度に自分を合わせようとしたり、サラリーマンであれば過度な帰属意識を保持してしまう傾向。
円満な夫婦生活と言うよりは夫に仕えるという感覚で黙々と家事や子育てに明け暮れていると最終的には自分という存在が希薄化されて、我に返った時には「うつ病」等の心的障害に発展してしまう・・・。過度な帰属意識に関しても会社の為に自己の全てを捧げる日々は、毎晩遅くまで会社に残り残務をこなし帰宅しても頭の中には翌日のカリキュラムの事を考え続けてしまう・・・。要するに途切れる事無く、会社の為に仕事の為に在る自分・・・。
成りゆく果ては、仕事をしている時だけ「落ち着ける」と言った錯覚に陥り・・そして燃え尽きた後には、やはり「うつ病」等の精神疾患を患うケースと変化を遂げる。出世うつ病、産後うつ病などと有りますが生真面目で「頑張ってしまう」人によく、こんな傾向が多いようでありますね。

日々・真面目に頑張っているのに自分が自分を壊してしまう・・・。
人間、ある意味で「ちょっといい加減な方がいい」?
そりゃ・・・そうだけど。
悲しくも、やりきれない感のある・・こういったメンタルヘルス対策ではありますが。
結局は・・・
「距離感」っていうものが大切であり必要なんですね。
自分だけの世界と仕事や周囲・家庭との適度な、心の距離感・・・。

距離感を持つ為の自分の努力と、持てぬ家族や社員に対する回りの人間の心配り。
距離感なく仕事や家事に溺れてゆく家族や社員に対して、無関心では無く・・
息抜きを促す一言が、そのブレーキとなりうるのですね。
確かに、周囲の環境や職場の環境が直接的に過剰適応を助長したとしても隠れた要因として「周囲の無関心」という事項もあるでしょう・・。
職場も家庭も忙しない現代社会の中で、そういった優しさを失いたくはないと感じるところであります。



2007/11/10

美輪さんから学ぶこと

メンタルヘルス・ウェブログ

シャンソンやジャズのプロの歌い手として有名な・・・
美輪明宏さんの著書愛の話 幸福の話という本の中で、ある女の子の質問に答えている節があります。

「相談~
私には精神障害を持つ兄がいます。封建的な地方の住まいで、周りからも偏見も多く結婚にも支障が出ています。付き合っていた相手の親に、兄のことを悪く言われたり身辺調査されたりしてきました。人並みに恋愛もしてきましたが、このままだと結婚できないかもとも思ったりします。両親も頼りにならず将来の不安ばかりが襲ってきて、やりきれない気持ちになります。(28歳・派遣社員)

答え~
あなたはラッキーだったんですよ。大災難から逃れられたんだから。
お兄さんへの偏見に限らず、世の中には多くの偏見があるけど、偏見をもつことを恥と思わない、それ以前に偏見を自覚していない連中は、しょせんクズのレベルでしかありません。
“類は友を呼ぶ”というように、そういうレベルの人は同じようなレベルの人とくっついて「自分達が低レベルな知性しかもたず生きている」ことすら気づかないで一生を終えるわけ。そんな連中と家族の契りを結ぶような不幸がおこらなくてよかったじゃないの。
結婚後にお兄さんの障害がわかったらどうなっていたことか。またはお兄さんが障害をもってなくても、そんな低レベルな人たちのところに嫁に行ったらどうなっていたか。想像して御覧なさい。そういう視点で見れば、お兄さんは相手の男とその家族がクズかどうかを判別してくれるリトマス試験紙のようなありがたい存在だともいえるわけ。あなたが、ろくでもない人間と長いことかかわらないですむのは、お兄さんのお陰でもあるのです。
少数派ではあるけれど「お兄さんはお兄さん。あなたはあなた」ときちんとらえることができる、中身のしっかりした人だって、この世にはいますよ。
ただ、あなたにはもっとやっかいな問題があります。
いちばんの大きな落とし穴といってもいいかもしれない。それはあなたが「結婚すれば幸福になる」「結婚しないと暗い将来しかない」と思い込んでいること。
友人知人古今東西の有名人まで、結婚して、絵に書いたようなバラ色の人生を送っている人がどれだけいるか。結婚してしあわせ一色になる夫婦なんて言うのは圧倒的に少数派であるということぐらい周りをみまわしてみればわかることです。
「結婚=幸せ」だったら、この世に離婚も不倫もないはずです。
他人と一緒になって添い遂げるということは、大いなる妥協と忍耐と諦めを引き受けなければならないっていうこと。その覚悟がないと「こんなはずじゃなかった」と愚痴ばかりこぼす人か「どこかに完璧な結婚生活がある」と結婚離婚を繰り返す人になります。
今のあなたでは結婚したとしても、二つのどちらかに転ぶでしょうね。
一人で生きていこうと、連れ合いとで生きていこうと、人生は困難の連続です。だからお兄さんのことは一切関係ありません。
今の環境が嫌なんだったら、一人暮らしをして、結婚をしたいのなら、その困難を覚悟のうえで相手を探せばいいだけの話。独りで生きていくことを決めたのなら、他人が口を挟むことのほうが間違いです。
世間体とか周りの目なんて、ビタ一文もくれやしません。何か会ったら悪口をいうために存在しているのが世間なんですから。」