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2007/11/22

憎しみでも恐怖でもなく愛していると伝えたかったということ(NY 9・11事件)

メンタルヘルス・ウェブログ

家族に向けた最後の言葉 ◇ NY 9・11事件から(日刊スポーツ)

同時テロで犠牲になった人たちは、最愛の人に携帯電話でメッセージを残し、帰らぬ人となった。米メディア報道などを基に犠牲者の最後の言葉を集めた。

▲ブライアン・スイーニさん(38)

「自分らしい人生を生きて幸せになってほしい。絶対にだよ」
ブライアンさんは貿易センタービルに激突したユナイテッド航空機に乗り合わせた。妻のジュリーさんに電話したのは衝突のきっかり5分前。
「状況は悪そうだ。愛している。もう1度話したいが、だめなら、また天国で会おう」

▲トマス・パーネットさん(38)

ペンシルバニア州ピッツバーグ郊外に墜落したユナイテッド機から妻のデューイさんに携帯電話をかけた。
「みんな死ぬことは分かっている。だけどここにいる3人で何とかしてみるつもりだ」
大統領山荘を狙っていたとの情報もある同機は目標をそれたが、乗客との格闘が原因との見方が出ている。
「愛している」と言ってトマスさんの通話は途絶えた。

▲シーシー・ライルズさん

ユナイテッド機のスチュワーデス。フロリダ州に住む夫と4人の子どもに電話した。
「どんなに家族を愛しているか知ってほしい」 
背後では乗客の叫び声が聞こえたという。

(「日刊スポーツ」2001.9.15より)

"CNNを見ていて、先ほどキャスターの女性が、ハイジャックされた飛行機から電話をかけてきた乗客の最後の言葉についてコメントをしていました。
「死を悟った人達の最後の言葉は、憎しみでも恐怖でもなく『愛している』という愛の言葉で した」と。
胸がつまって、とても苦しくて、たまらなくなり ました。 事件に関していろいろな思いや、意見が交わされ、報道される中ですが、ものすごく心に響いた一言でした。
うまく言えないのですが、1 つ1つの言葉が何度も何度も頭の中を回るのです。死を悟った人が、憎しみでも、恐怖でもなく、愛していると伝えたかったということが・・・"
2001.913のとある掲示板より」



2007/11/11

愛し合う二人というもの

メンタルヘルス・ウェブログ

ダンス・ミュージカル作品で活躍を続け映画俳優であったGinger Rogersさん(ジンジャー・ロジャース:1911~1995)。
1940年には『恋愛手帖』でアカデミー主演女優賞。
この人の残した名言に次のような言葉があります。

When two people love each other, they don't look at each other.
They look in the same direction.


愛し合う男女というものは・・・
互いに見つめ合っているのではなく
二人は同じ方向を見て生きているのです。

・・・という内容のものであります。
見つめ合う・・愛し合う・・。
勿論それも、愛し合う形ではあるんですよね、確かにね・・・。
しかしながら、そんな愛の形をも超えた「愛し合う」っていう姿というのは、この人の言うように同じ方向に向いて歩んでゆくこと。
人生というステージの中で二人で共に進んでゆくことが出来るならば、
あらゆる障壁に対しても多分・・二人は惑わされることなんて無く、
いつまでも愛し合う二人でいられるのかもしれませんね・・。



2007/11/10

美輪さんから学ぶこと

メンタルヘルス・ウェブログ

シャンソンやジャズのプロの歌い手として有名な・・・
美輪明宏さんの著書愛の話 幸福の話という本の中で、ある女の子の質問に答えている節があります。

「相談~
私には精神障害を持つ兄がいます。封建的な地方の住まいで、周りからも偏見も多く結婚にも支障が出ています。付き合っていた相手の親に、兄のことを悪く言われたり身辺調査されたりしてきました。人並みに恋愛もしてきましたが、このままだと結婚できないかもとも思ったりします。両親も頼りにならず将来の不安ばかりが襲ってきて、やりきれない気持ちになります。(28歳・派遣社員)

答え~
あなたはラッキーだったんですよ。大災難から逃れられたんだから。
お兄さんへの偏見に限らず、世の中には多くの偏見があるけど、偏見をもつことを恥と思わない、それ以前に偏見を自覚していない連中は、しょせんクズのレベルでしかありません。
“類は友を呼ぶ”というように、そういうレベルの人は同じようなレベルの人とくっついて「自分達が低レベルな知性しかもたず生きている」ことすら気づかないで一生を終えるわけ。そんな連中と家族の契りを結ぶような不幸がおこらなくてよかったじゃないの。
結婚後にお兄さんの障害がわかったらどうなっていたことか。またはお兄さんが障害をもってなくても、そんな低レベルな人たちのところに嫁に行ったらどうなっていたか。想像して御覧なさい。そういう視点で見れば、お兄さんは相手の男とその家族がクズかどうかを判別してくれるリトマス試験紙のようなありがたい存在だともいえるわけ。あなたが、ろくでもない人間と長いことかかわらないですむのは、お兄さんのお陰でもあるのです。
少数派ではあるけれど「お兄さんはお兄さん。あなたはあなた」ときちんとらえることができる、中身のしっかりした人だって、この世にはいますよ。
ただ、あなたにはもっとやっかいな問題があります。
いちばんの大きな落とし穴といってもいいかもしれない。それはあなたが「結婚すれば幸福になる」「結婚しないと暗い将来しかない」と思い込んでいること。
友人知人古今東西の有名人まで、結婚して、絵に書いたようなバラ色の人生を送っている人がどれだけいるか。結婚してしあわせ一色になる夫婦なんて言うのは圧倒的に少数派であるということぐらい周りをみまわしてみればわかることです。
「結婚=幸せ」だったら、この世に離婚も不倫もないはずです。
他人と一緒になって添い遂げるということは、大いなる妥協と忍耐と諦めを引き受けなければならないっていうこと。その覚悟がないと「こんなはずじゃなかった」と愚痴ばかりこぼす人か「どこかに完璧な結婚生活がある」と結婚離婚を繰り返す人になります。
今のあなたでは結婚したとしても、二つのどちらかに転ぶでしょうね。
一人で生きていこうと、連れ合いとで生きていこうと、人生は困難の連続です。だからお兄さんのことは一切関係ありません。
今の環境が嫌なんだったら、一人暮らしをして、結婚をしたいのなら、その困難を覚悟のうえで相手を探せばいいだけの話。独りで生きていくことを決めたのなら、他人が口を挟むことのほうが間違いです。
世間体とか周りの目なんて、ビタ一文もくれやしません。何か会ったら悪口をいうために存在しているのが世間なんですから。」


2007/11/09

素敵な夫婦

メンタルヘルス・ウェブログ

女性が夫の手を握ると即座にストレスを解消できる 例えば、足をどこかに思い切りぶつけてしまってウンウン唸りながらも人は自然に自分の手で「その痛いところ」をかばうようにさすったりしつつ・・・段々と痛みが和らいでゆくような・・・。そんな不思議と言えば不思議であろう人の手の力。
人の手というものは、持つ・書く・のような機能的な部分だけでは無く、人の感情を伝える様々な要素を持ち合わせているんですよね。また手の神秘的?エネルギーと言って、両手のひらを3cm位の間隔迄・・・接近させることと、ゆっくりと離してゆく事を繰り返しながら段々と、両手のひらをギリギリ間隔迄・・近づけたり、離したりすることを繰り返す。そうすると接近したら反発し、離すと引き寄せられているような感覚が発生する・・。すなわち、これが手から発する気の力であり痛いところに接近させて、思念を集中させるならば強大な治癒力を効する可能性がある・・・?。科学的な部分は別として僕もこういう現象?は解らないでもありませんね。実際・・・自分の子供達が足を擦りむいてワンワン泣いてる時は本能的に手で患部を覆うようにしながら大丈夫大丈夫・・強い子強い子!なんてやってますし、自分でも体の痛みの場所に対しては、必ず手で包み込むような挙動をしますしね・・・。やはり、手というものは何かしらの心のパワーを伝達することの出来る機能があるんでしょうね・・・。
ところで、そんな僕の手ではありますが、結婚して10年以上も経てば妻と手をつないで歩くなんて行為も少なからず「照れくさすぎる?」もんでありましてついつい、人の目を気にしてしまう部分も有るにはあるんですが女性からすると、手をつなぐということは非常に安堵感をもたらす行為であるようです。
何年経っても手をつないで歩ける夫婦。手をつなげる夫。
それは多分、かけがえのない幸せであるんでしょうし、とっても素敵なこと・・・。

webclip
「女性が夫の手を握ると即座にストレスを解消できるという研究結果が、医学誌「Psychological Science」12月号に掲載された。研究を率いた米バージニア大学心理神経学助教授James A. Coan氏によると、手を握るというのはストレスを感じたときの小児の習性だが、これが大人にも有効だという。
今回の研究は、結婚生活の満足度をみるテストで高スコアを取得した既婚女性16人を対象としたもの。MRI(磁気共鳴画像診断)による脳スキャンを行いながら、誰の手も握らない、夫の手を握る、知らない男性の手を握るというそれぞれの条件の下で、被験者にごく軽い電気ショックを与えるというストレスを課した。ストレスを受けると、問題を解消するために脳の活動が激しくなるという。この結果、手を握っている状態のときは、夫および知らない男性のいずれの場合でも、身体的な反応を司る脳の部位が沈静化することがわかった。しかし、最も高い効果がみられたのは夫の手で、夫の手を握っているときだけは、感情を制御する脳部位も沈静化した。また、結婚生活が幸せであるほどこの効果が大きいこともわかった。結婚生活の満足度が特に高く、Coan氏が「スーパーカップル」とした夫婦では、女性が夫の手を握ることにより得られる効果がほかの女性よりも大きく、さらには痛みを感じる脳部位にも沈静化がみられた。「スーパーカップル」なら、手を握ることは一種の鎮痛薬的効用もあるという。いずれにせよ、程度の差こそあれ、誰かの助けがあれば脳の負担を大幅に減らすことができるとCoan氏は述べている。米ニューヨーク大学医学部教授Charles Goodstein博士によると、この研究は長年観察されてきたことを科学的に裏付けるもので、「同じ種の仲間同士で交流することは感情に極めて重大な影響を及ぼし、感情は身体機能に深く作用する」という。同博士は、不安の解消に薬剤が用いられることが多いことも指摘し、この研究は不安解消にもっとよい方法があることを示すものだと述べている。」



2007/08/28

君が必要・・

メンタルヘルス・ウェブログ

愛は・・・
長く・長すぎる道のりの中
苦境・・逆境・・悲運・・
時に、それらに対して・・
強く・・反発しながら・・・
大きく・・成長を遂げてゆくもの・・・

だからと言って・・・?
長い・・長い・・
無関心には・・・
逆らえずに・・・
知らぬ間に・・・
衰退してしまうものでもあり・・・


そんなことを・・・
教えてくれるのも愛。
ならば・・
そこから始まる時だってある。

よかった・・・

僕らは・・
求め合う二人・・・

僕は・・雄では無く・・男。そして父親。それに・・・君を必要とする一人の人間
君は・・雌では無く・・女。そして母親。それに・・・僕を必要とする一人の人間

ノーメイクな・・愛情のキャッチボールは・・
まだ、始まったばかり・・・・・



2007/08/06

結婚観

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妻の「うつ病」が結婚以前からの存在であったとしたら・・・?
うつ病を患う恋人と結婚していたか?という意味合いにはなってしまうんですが・・
どうでしょう・・・?
こういう事は、自分自身に対して、答えようのない問いかけかもしれません。
しかしながら・・・
「していたか?」「していなかったか?」っていう答え方しかないとしたら・・・
「していた」。
・・・・・でしょうね。ただ、あまりにも対象の奥行きが深すぎて・・・やっぱり、一言の言い切り形式では答えにはなりにくいところではありますが・・・。
何故そんなボソボソとした言い方になるのかと言うと・・・
結婚すれば「他人ではなくなるから・・・」。
そして・・「もと他人」。
これは一言の言い切り形式で、ズバリ判断するところであります。結婚っていうのは、自分達の結び付きを核として・・ソレに関する愛情云々とは全く別の次元で親戚であるとか、生まれてくる子供の事のと・・・実に様々な人間関係が膨らむものでしょうし、まさに子孫繁栄なんて・・・
大きく広く古い(笑)・・考え方も、ないがしろにはできませんからね。
うつ病っていう病気と向き合いながら、
結婚というゴールではなくスタートを切る事において・・・
患者では無く・・・支える側の人間は、それ相応の「覚悟」が必要になってくるのは否めないと思うんですよ・・・。何も、全てを犠牲的感覚で捉える事は間違っているんですが・・そういう意味の覚悟ではなく・・・
相手の人生を傷つける事もなく、自分の人生が傷つけられることもなく・・・
いくら夫婦といえども、相手の人生を所有する事は出来ないと思ってますから。僕は・・・。
キツイ言い方をするならば、結婚するという事は離婚という保険付きの行為・・・。
実は、それ程・・・結婚っていうのは「賭け」みたいなものなのかもしれませんよね。そういう関係柄の中に、「うつ病」っていう根の深い問題を携えてゆく訳である以上、やはり・・・「絆」に限りなく近い愛情関係が成立していないと、互いの人生の大半を占める年数を共に生きるパートナーであるためには・・・
そんな風に考えてしまうところでありますね。
よく人は言います・・・。
「病気と一緒になるんじゃない!目の前のコイツと一緒になるんだぞ・・・」と・・・
でも、わかってる・・・。わかっちゃいるけど、コイツの向こうに病気が見えるんじゃなくて・・コイツの前に病気が映ってしまうんだ・・・
僕には・・、そういう解釈も「わかります」。
さらには・・結婚「してしまう」前に、興信所を利用して経歴等を調査する人だっているでしょう・・・。それも、「わかります」。
・・・・・・・・・・・・・・・。
幸せって・・・その人のための、その人だけのものだと想うんです。・・・って事は、その人だけのものだから他の人の幸せと比べてしまう事ってナンセンス??
比べない?でも比べてしまう・・・。ちゃんと「欲」っていう比べる能力があるから。
その「欲」の部分をコントロールできる容量の「気持ち」が愛情となり勇気となり、20年30年40年・・と膨大な月日を「共に歩んでゆく」為の地盤となるんでしょうね。
大切に想う気持ち・・・。
そういう気持ちでスタートした二人は、
右に左にと・・・さまよいながらも、再び・・・そういう気持ちに辿り着く。
そんな関係・・・「いい夫婦」。






2007/08/03

あい

メンタルヘルス・ウェブログ

愛すべき人間を愛せないでいる自分を・・・
今・・・知っている
でも・・・
知ってる自分の中には必ず・・・
知らない自分が存在している
愛し方に迷った時・・・
愛するしかない



愛し方は・・・
愛すること
遅咲きでもいい
それでかまわない・・・・・。

あ い  谷川俊太郎

あい 口で言うのはかんたんだ
愛 文字で書くのもむずかしくない
あい 気持ちはだれでも知っている
愛 悲しいくらい好きになること
あい いつでもそばにいたいこと
愛 いつまでも生きていてほしいと願うこと
あい それは愛ということばじゃない
愛 それは気持ちだけでもない
あい はるかな過去をわすれないこと
愛 見えない未来を信じること
あい くりかえしくりかえし考えること
愛 いのちをかけて生きること



2007/08/02

母の愛

メンタルヘルス・ウェブログ

例えばの話なんですが・・・
ここにある夫婦がいるとします。
うつ病で苦しむ妻。伴侶である夫。子供。
妻は、長年・・・うつ病を患い続けていて、子育てを満足にこなしてはいない。そして、夫は妻の代わりに子育てと仕事を両立させている。

しかし・・・、夫は段々と不満と不安と苛立ちが蓄積されてゆき・・・
子供への愛は深まり・・・妻への愛は冷めてゆく・・・。
そして夫はいつのまにか心の拠り所を愛人へと向けるようになる。
結果、離婚問題へと・・・。
夫は親権を譲るつもりは無い。
妻は子供を手放したくない。でも・・・過去の経緯と、これからの不安が・・・子供への愛情にブレーキをかける。
夫への愛は薄れつつある・・・。しかし、子供への愛は膨らんでゆく・・・。
でも今迄、抱き締める事すら拒んだ自責の念と、愛し方すら見失った自分が・・そこに居る。

ここからは僕の個人論ですけどね・・・
父か母のどちらか?っていう選択をしなければならない時・・・
僕は、母だと思うんですよ・・・。
父親って・・・結局のところ、子供を導いてゆくことは出来ても・・母親の愛情を真似する能力って最初から持ち合わせていないような?
母親って・・・正面から抱き締めて愛情を注ぐ事が出来ると思うんですが、父親って後姿で導いてゆく事しかできないんじゃないかな?ってね・・・。
母性本能っていう言葉があっても父性本能?っていう言葉は聞きませんから・・・。
子供を育て・・守るのが母親。子供と母親を守る為に闘うのが父親・・・・・??
当たり前のことなんですが、子供って父親の腹の中から生まれませんよね(笑)。
今日も、どこかで・・・って感じで、赤ん坊が毎日々、生まれ出てくるもんですから・・・その究極の神秘を忘れがちなんですけれど・・・
この腹の中で、もうひとつの命が宿り・・・長い月日を経てポッコリと出てくる・・・。
哺乳類がどうだとか女性ホルモンがどうだとか、
そんな難しいことは後回しにしておいて・・・
これは究極の神秘ですよね・・・。「すごい」ことなんですよ。多分。
いえ・・・間違いなく・・・。
命の誕生に対して命で支えて、「産む」。
軽はずみな言葉では言い回しの出来ない程の母親のエネルギーだと思うんですよ・・・。
・・・段々と、話が遠く広くソレテいってますから、ちょっと戻しますけれど・・・

離婚を決意して・・・
万が一・・・うつ病の存在を気にして、
「これからの・・」子育ての不安を感じるのなら・・・
それは、悩みどころがズレテいる・・・。
どうせ悩むんなら・・・「子育てをできる自分を失うこと」に対して悩むべき・・・
僕は、そう思うんですよ・・・。
うつ病と、離婚問題っていうのはかなり深く結ばれてしまう言葉同志ではあるんですが・・、うつ病は・・・子供への愛情を消し去るほど強いモンでもなんでもありませんよね。
あんなもの・・・。
フラフラと近寄ってきて、人の心を掻き乱し・・・そしてフラフラと去ってゆく。
そんなモンに負けるほど・・・
命を宿し、産み・・・育てる・・・愛は弱くないんですから・・・・・。


2007/07/29

結婚指輪のこと

メンタルヘルス・ウェブログ

実は先週末に僕達夫婦は、ちょっとした衝突がありまして・・・
いわゆる夫婦喧嘩ってやつなんですが。
そして何が原因かって言うとね、「結婚指輪」なんですよ・・・。
週末に、僕達は子供達を引き連れてショッピングに出向いたんですが・・、
ふと・・ジュエリーショップの立ち並ぶ一角に差し掛かった時、何気なくショーケースの中を二人で眺めることとなり・・・。
妻は結婚してから約12年間の間に指が(少し・・)太くなってますからね、今の指輪ではサイズが合わないんです。ですから、加工するとか新しい指輪を買うとか・・・考えてたみたいでありまして・・・。
そして僕の指輪は12年間「はめっ放し」ですから・・輝きは全く無く、少し歪み、傷だらけ・・・。
すなわち、夫婦二人で・・・そろそろ新しい指輪が欲しいなと思わないこともなかった?
そんな二人の気持ちも手伝って、偶然通りかかったジュエリーショップに足をとられてしまったような・・・?
そこまでは、別に何のトラブルもないんですが・・・
販売員の方にいろんな方法を教わりながら、加工修理するのか買い直すのか思案しつつ・・・とりあえずショップをあとにします。そして・・・その帰り道。
妻は言います・・・。
「とりあえず、あたしだけ・・・しようか?」
「うん・・・?僕のはどうすんの?」
「えっ・・・?」
どうも・・、妻の言い方が、「二人で」指輪をどうこうするって言うことよりも・・・装飾品として、または・・女性の持ち物として買い物してみようかって言う風に聞こえてしまったんですよね。つまり、僕の言い分としては「二人で」指輪を新しくするっていうことに何かしらの「意味」を感じたかったんですが、妻は自分の指輪が欲しいっていう「一人」の範囲でショーケースを眺めていたようであり・・・。
そして、聞こえなくてもいいと思ってるくせに、聞こえるように僕がボヤイタ結果、互いに焦点の定まらぬ冷戦状態へと・・・もつれこんでしまったんですよ・・・(苦笑)
僕が何故か?細かく反論しない事が・・・逆に、妻から見ると「何が気にいらないの?」という印象を与えてしまったようでありまして・・・
まあしかし・・・
どうでもいいと言えば、どうでもいい事でありますから・・(笑)
そんな事にこだわる方がカッコ悪いのかもしれませんしね・・・
ただ・・・時間を置いてからは妻も、僕の言いたい事はわかってくれたような?
でもね・・・常に、「うつ病」っていう存在を感じる毎日の中で、こうやってクダラナイ夫婦喧嘩できてる今の状態の中に・・・
幸せと自信を感じる事が出来たのも、一つささやかな喜びでもあり・・・
うつ病の妻に対して「腫れ物に触る」的な感覚で接していない僕自身の「今」にも感謝。
それと・・、今がそういう状態に在るっていう事に対して「安堵・・・」。
しかしながら、ふと想う個人的発想とは・・・

妻は・・意味も大切。輝きも大切。
僕は・・意味が大切。輝きはどちらでも・・・
女って・・・こんなもの。
男って・・・こんなもの。
・・・・・笑。



2007/07/26

青年の想い

メンタルヘルス・ウェブログ

僕達は、結婚12年目に突入いたします・・・。この夏に・・。

もうすぐ梅雨が明けようかという頃、7月のある日・・・、永遠の愛を・・誓ったのです。(笑)
その日・・純白のウエディングドレスに包まれて、控え室の椅子に・・しっとりと腰掛ていた彼女を見た時の感動は、未だに忘れてはいません・・・。
そこいらの美人女優とは比にならぬ程・・
美しい人でした・・・。
・・・でした?っていうと、クレームが入りますが・・・!

そして彼女は・・・
あまり僕の方を見る事は無く・・・
凛として・・・たたずんでいたのを、よく憶えています。
かすかに・・・
瞳を潤ませながら・・・

こういう事を言うと怒られてしまいますが・・・
お身内の方々や友人、知人・・・
多くの来賓の方々の存在など、どうでもよく・・・
今、こうして・・・ここに居る僕達だけで、この感動を二人占めできたなら・・・と、感じていたのかもしれません・・・。

恋が安っぽくならないために・・・

僕は、これからもずっと、青年の心でいたいと思います・・・。
あの日・・あの時・・
ウエディングドレスに身を包み・・
柔らかに・・輝いていた妻へ・・・
心静かに、かみしめた自分の想い・・・。

歳をかさねても・・・
雑踏に揉まれながらも・・・
困難に押しつぶされそうでも・・・
ずっと・・・、
あの日・・あの時の・・・
静粛な心の極みを忘れずに・・・
いつまでも青年でありたいと思います・・・。


2007/07/07

離婚について想うこと Ⅱ

メンタルヘルス・ウェブログ

妻は一応、僕の離婚歴を知っているんです。ちょうど交際中の事だったんですが・・・。僕はどうしても離婚の事を告げておかなければならないっていう衝動にかられた訳でもなかったにしても、どこか胸に引っ掛かる部分もあり・・思い切って過去の事を打ち明けたんです。すると彼女はうつむいて目を合わさずにじっと聞いていましたね・・・僕も「そういう事があった」・・・とだけ伝えましたから・・。あんまり詳細を伝えるのも失礼かと・・?しかし、この短い会話は後になって非常に功を奏すこととなったんです。それは何かと言いますと・・・、役所での出来事でありまして・・僕は人生二度目の婚姻届を提出しに妻と二人で役所に出向いたんですが・・・、入籍手続きの際、カウンターの向こうから出された抄本には、なんと別れた女性の名前が記載されているじゃありませんか!しかも役所の方は沈着冷静に・・・「これは・・?どうされます?」なんて聞いてくるもんですから・・・僕も、僅かに硬直してしまいながらも、「いい方法はありますか?」・・・と。
結局は戸籍上、抜き差しを繰り返して名前を削除?してもらい・・・晴れて身も心も個人情報もリセットする事となったんです。バレル?って言うと変ですが、先に正直に伝えておいてよかったなと・・・。
ところで・・・妻は僕との11年間の結婚生活の中で、この僕の過去に・・・ただの一度も触れる事はありません・・・。役所でのハプニングの際も妻は言葉には、しませんでしたから・・、この話題に関しては一番最初の報告時のみであり~その後・・現在迄、「封印」されてしまったかのように・・・。それは、妻の僕に対するモラルなのかもしれませんね。当然その事を妻が引きずっている訳でもないんでしょうが・・。また、うつ病が、その過去の記憶を引っ張りだしてきてゴチャゴチャと、心がうごめく事も無いようです。重要度の高い記憶は一生忘れる事なんて無いと思いますし、過去って消えませんよね。何したって・・・。時の流れが忘れさしてくれたとしても、消えて無くなる事はありえないような?仮に、いくら内緒にしておいたとしても・・ささいな外的要因でもって簡単にバレテ?しまったりもするような?(僕は、隠し通すのが嫌だったから自白したんですが・・)

離婚っていうのは、それまでの関係を解消するのに多大な労力を費やし、それからの人生においても確実に「跡」を残し、さらに将来・・触れ合う人間に関しても陰ながら付きまとうような気がするんです。別に、後悔の念が残るわけでもなく、その後の実生活に支障をきたすものでも有りませんけどね。だから僕は離婚後はサバサバとドライに受けとめるように努めましたが・・。でも、跡は残っています。
お互いに傷つけ合った事に対してね・・・。
ならば、もし離婚っていう選択肢を避けられぬ状況であるならば・・・「よく考えて」なんてレベルでは無くって何度も何度も何度も・・・離婚という答えは正しいのか?間違っていないのか?それで自分は幸せなのか?・・と、悶々と悩みぬいて・・周りのアドバイスを全身で受けとめて・・ようやく辿り着いた所で、さらに悩み直しながら到達する結論として、出た答えであるならば・・きっとそれは、幸せへの新しいスタートになるかもしれませんよね。僕もそうですからね・・・。だとしたら・・離婚っていうのは、結果では無く・・経過地点と考えられなくもありません。そして結果は後からついてくる・・・。結果というのは自分自身の幸せであり・・悩みぬいた末に、出した結論っていうのは「きっかけ」が「理由」として変化したものであり・・・おそらく、その結論は・・・自分が幸せになる為の踏み台になるかもしれませんね。それに、離婚してから自分が不幸であったとすれば・・あまりにも自分が可哀相だと思うんですよ・・判をついた瞬間にピリオドが打たれるんですから・・間違っても「やり直し」は効きませんから・・判をつくまでの疲労は段々と和らいでゆき・・今度は虚しさがジワジワと押し寄せてきて深い孤独感を生じさせて・・・。

そんな時、踏張れるも、そうでないのも、全て・・・、自分の力だけ。パートナーはすでに・・・いません!二人で一人だったものが、一人で一人になるんですからね・・・。

しかしながら・・・それでも離婚という結論を出し、二人・・寡黙に離婚届に判をついた「理由」が少なくとも僕には芽生えていたんです・・・。
それは・・・
「離婚した方が、相手は幸せになるはずだ」 と・・・。
それが僕の離婚理由なんです。このまま傷つけ合うよりも、離婚した方が彼女は幸せな人生を歩めるに違いないと・・・。さらに、それは僕が幸せになる事でもあると・・・。若いながらに極度の疲労感の中で、到達した答えだったんです。起こってしまった・・・金銭問題がどうの・・、浮気がどうの・・、中絶がどうの・・、っていう諸問題が二人をどんどん苦しめてゆく中・・全てのきっかけが結び付いた一点の真実の先に見えてきた・・・離婚する理由。
具体的で、はっきりとした諸問題よりも言葉にしてしまうと、なんだか曖昧に思える・・・
「これからの相手の幸せ」。
でもね、もう迷わない・・・。これでいいんだと・・・はっきりと決断に導いたものは・・・
この理由だったのです。
そして・・・今。
長い年月が経ち・・・うつ病っていう病気と格闘しながらも・・
僕は愛する妻と子供達と共に・・幸せに暮らしているんです・・・・・。


離婚について想うこと Ⅰ

メンタルヘルス・ウェブログ

約15年位前でしょうか・・・僕は離婚を経験しているんです。
結婚記念日は覚えていても離婚年月日などは記憶してないので、約・・となるわけなんですが・・・。
当時、バツイチっていうのは結構、暗いイメージのつきまとう言葉でありまして、知人なんかも「えーっ離婚!」てな感じで僕の事を見ていたように思い出されます・・。今の世の中では「バツ3」位でないと、そんな目で見られない程・・離婚という行為が社会に受け入れられているような気もしないではありませんね・・。僕が離婚を経験した頃は今ほど、テレビのワイドショーなんかで「離婚ネタ」は多くなかったように思いますし、番組の記事の中でも「結婚ネタ」と「離婚ネタ」が混ざって取り上げられる?ような風潮もなかったと感じます。ですから・・離婚っていうと何かこう・・隠す必要のある経歴のような言葉だったはずです。
その頃は僕も若く・・振り返ってみれば原点である結婚自体に対して短絡的かもしれぬような観念があったように思うんです。高校を卒業して大学進学を中途半端な形で諦めてからは早く独り立ちしたいっていう、よくあるパターンでアパートを借り・・・アルバイトで生計を立てだします・・。そして恋もし・・遊びも覚えて・・あぁ青春の一ページ・・・っていう暮らしの中で、ある女の子との出会いがあり、同棲生活が始まる・・・銭湯に通いながら、一緒に居れば恐いものなんか何ひとつない?・・・なんて日々が過ぎてゆき、結婚というよりは「籍を入れる」っていうイメージの新しい人生のスタートを切ったわけですが・・、一緒になった「きっかけ」は、たくさん有るんですが「理由」に乏しく、いつの間にか背を向け合う関係となるのも時間の問題だったんでしょうね・・・。離婚する「理由」は、これといって無いんですが別れる「きっかけ」が多数、浮き彫りになってくるんです。そして「離婚」。これまた離婚するっていうよりも離婚届けに「判を押す」っていうイメージでしたね。
僕が、離婚により得たものっていうのは結果的に虚しく費やした時間の空間と借金・・・。何の借金か?というと、書き出すと膨大な字数になりますし・・・あんまり思いだしても無意味なのでヤメトキマスが・・。でもね、若かったですから!○00万位の借金なんて、可愛らしいもので・・汗と根性でみるみる内にゼロとなっていったんです。ゼロとなってしまえば今度は逆にプラスへと方向転換しだし・・少しの間は、再び贅沢できてました(笑)。
そんな贅沢しながら・・心のダメージも回復しつつ・・・就職もし・・・今の愛する妻と出会い・・・。そして今・・・。
離婚というものは、お金の清算とか親権問題も生じますし(僕らには子供が居ませんでしたが・・)親戚関係にも波紋を及ぼします。結婚する事よりも、何倍ものエネルギーを費やすっていうのが僕の個人的感想?なんです。とにかく離婚理由がなんであれ憔悴(しょうすい)しきりますから・・・。変な話、離婚事でうつ病を患うかもしれませんね・・・。
そして今・・・別れた人に対して言うのも妙な気分なんですが、今頃どこかで・・いい人と出会い幸せに暮らしていればイイナって、思ってるんです。何年もの時が流れて~当時の損得勘定など、影も形も存在してません・・・。
まぁしかし・・・、あの時は疲れました。(笑)

僕は今、うつ病の妻と幸せに暮らしているんですが・・・
それは確かに離婚の「きっかけ」となりうる、家庭の問題であると認識してはいます・・・。
しかしながら・・・「きっかけ」と「理由」は別物であるっていうのが個人的な考えでありまして、「きっかけ」みたいなものは、うつ病であろうが不妊症であろうが浮気であろうが・・普通に結婚生活をしていれば、大なり小なり存在しないわけがなく・・・それが決定的な離婚の「理由」となるかと言えば・・・そうではないのでは?と考えているんです。勿論・・・暴力は「きっかけ」には該当しませんでしょうし、法の下で争う場合には「きっかけ」も理由として記すことは出来るんですが・・・。
人間対人間の心の部分で考えるならば・・・「きっかけ」を何個かつなげて離婚してしまうのは・・・
僕は男として「出来ません」 そして・・・
「愛はあきらめないこと」と思うんです・・・。一見・・・美辞麗句のように聞こえがちな感じもするんですが・・・
結婚した女房が歳と共に、「あばたもエクボ」・・・とはイカナイ部分も見えてきだし・・・ましてや精神疾患なんていう重要な問題まで出現してしまえば、それは・・・立派な「きっかけ」となりますよね。
だとしたら・・・うつ病を患う事がなければ「きっかけ」は出現しなかった・・・。ならば?うつ病が治れば「きっかけ」は消滅するのか?=離婚したいっていう気持ちも消滅するのか?

だから・・・離婚申し立て理由として病気を掲げるって事は・・・男の言い訳?
ただし・・・
僕も離婚という過去があるこそ、今こうして・・・
愛する妻と、巡り会うことができたんですが・・・・・



2007/07/03

愛しどころ

メンタルヘルス・ウェブログ

僕は、自分の二人の娘を・・・とても愛してます。
とてつもなく、愛してます。裏返して言うと?他の父親と同様に愛してます。
そんな・・・、
僕の立場的から考える・・我が娘を愛するっていう心の道筋?なんですが・・

僕はこう見えても家庭の中では社長職ですよね(大笑!)父親ですからね。・・・いや、そんな事ない!家庭の中で父親が一番偉いんだなんて古めかしい考え方は今時ナンセンスだっ!っていう方々も、たくさんいらっしゃるはずですね・・・。それも正しいと思うんですが・・・ここはひとつ僕の個人的主観ということで・・・。
父親としてね、娘達を愛するのは自然であり当然であり本能であり・・・、逆に愛するなと言われたとて、それは無理な話であります。その関係に何らかの亀裂が生じ、半ば「恨みあう」関係となったとしても心の奥底には愛情っていう二文字が消えることはなかろうかと思うんです。さらには愛情が消えた?と見えても・・・それは封印されてしまっただけで、消滅した訳では無く・・・ちゃんと愛情は残っている?
別に・・・わざとらしく?子供達に対して愛情を降り注ぐ必要も無く・・・、その心底の愛情さえ有ればいいと思うんです。両親健在の場合に限っては、子供達も父親から愛情を感じたいって思う事よりは、どちらかというと母親からの愛情を重んじるんじゃあないかと・・・?社長はドーンと自分達を守ってくれていればヨシ!身近な相談事は直属の上司?である母親にすればいいわけであって・・・。しかしながら、我が家は娘二人なもんですから、こういう考えになってしまうのかもしれませんが(小笑)・・・。
結局僕は何が言いたいのか?
それはね・・・
僕が娘達をとてつもなく大切であり愛してるって思うなら・・・まず先に僕の妻を愛する。
妻は、うつ病を患ってますが、ここでは・・・うつ病抜きでの話しです・・・
すると・・・、妻は自分の子供達への愛情に、僕から注がれた愛情を加えて・・・、僕と妻からの愛情として子供達に伝達してくれる・・・。
別の言い方をすると・・・僕が子供達に直接的な愛情を注ぐよりも、妻経由で子供達に愛情が届いた方がよい??だから・・・まず先に妻を愛するってことが大切なような・・・?。
夫に愛されている奥さんは、自信をもって子育てしますよね。多分。中間管理職?の妻は愛されて信頼されると部下?の指導能力もグングン伸びるんでしょうし、指導される部下だってヨソミしないでしょうからね。
家庭の中で、愛されている母親が存在するって事は素晴らしい事だと思うんですよ・・・。
素晴らしいっていう言い方もあるんですが・・・、何よりも家族みんなが暮らしやすくて得しますよね(笑)
母親っていうのはそんな存在であり・・・
父親っていうのはこんな存在である・・・
そういう考え方も・・・ひとつの幸せを築くうえでのベストな方法かと思うんです・・・。

♪・・・・・あなたにありがとう 作詞作曲 中山 真理
あなたがいたから がんばってこられたんだね ひとりぼっちなら とうに くじけてた
あなたがいたから 元気でいられたんだね いつも 励ましてくれてたからだね
どんな(どんな)時も(時も) 支えてもらったから 
つらいこと いやなこと いつしか 忘れてた
あなたに ありがとう 
ありがとう ありがとう いつまでも だいじな宝物
そばにいたこと

あなたがいたから 楽しく過ごせたんだね けんかをした日は 笑えなかったよ
あなたがいたから 優しくなれたんだよね いじわるな気持ち 消えて行ったよね
どんな時も 支えてもらったから
つらいこと いやなこと いつしか 忘れてた
あなたに ありがとう
ありがとう ありがとう いつまでも だいじな宝物
そばに いたこと
そばに いたこと・・・♪


2007/06/26

愛するということ 3

メンタルヘルス・ウェブログ

もしも、僕達が夫婦であり子供が居て・・・家庭という、解体作業に対してかなり相当なエネルギーを費やすであろう関係でなかったとしたら・・・?
僕は今と全く同じ感情で妻に接しているんだろうか?
正直・・・、僕はわかりません。なにも仏の精神で埋め尽くされている男でもなんでもありませんからね。
極端な言い方をすれば・・・付き合って一週間の彼女が、突如・・・、自分とは関係の無い彼女自身の積もりつもった心的要因で妄想めいた言動を・・・デート中に連発しはじめたならば・・・?
僕は、即・・・関係を解消することを考え始めるかもしれません・・・。非常に極端な憶測かもしれませんが・・・。しかしながら、僕は今・・・、そんな感情は全くありません(当たり前ですが・・・)。
それじゃあ・・・、逆に言い換えると・・・、解体作業が大変だからサポートし続けているのか・・・?。
いや、そんなわけでもありません・・・。じゃ・・・、なんで?
それはね、多分「愛」があるからなんですよね・・・。愛するということは何も好きで好きでたまらないとかなんとかではなくってね・・・、
一体、何て説明すればいいんだろうと・・・、返答に困ってしまう?自分でもよくわからないのに・・・、何故かその人間のことを想ってしまう・・・。
想うとか言うよりも本能的に守ろうと、自分の心が勝手に自分を操る?。
そんな言葉にできない気持ち・・・そのものが「愛してる」ということなのかもしれません。親にしても娘にしてもなんですが・・・実際のところ僕は妻のどこを愛してるのか?と聞かれてもよく答えられないかもしれません。
顔が好み?とか・・・そんな低レベルの答え方や、優しいところが・・・とか中レベルの答え方・・・
ちょっと訳がわからなくなってきました(笑!)
いくら考えても・・・
訳がわからなくなるほど?
説明のしようがない気持ち。
説明のしようのない割には・・・、驚くべきほど生命力の源ともなりうる賜物・・・
それが・・愛するということなんでしょうか・・・・・


2007/06/21

愛するということ・・2

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男が女を愛すると言う行為は・・・
極端な話、勢い?だけで成り立つような気がするんですよ・・・。初めて出会って、何かしらの他の女性に対するものとはちょっと違う、特別の感情が生まれる。そして好きになり・・・独占欲のようなものが生まれて「好き」という表現から「愛している」という表現に自ら変化させてゆき、さらに認識しだす・・・
自分は目の前のこの女性を愛しているんだと、はっきり自覚するような・・・?
時間はかかりませんよね・・・好きから愛してるに変化するまではね・・・。
だから極端な話、「愛してる」までは勢いさえあれば、短時間で到達するような気もしないではありません。
しかし、見方を変えればね・・・。それはゴールではなくって、やっとスタートラインにたった状態なのかもしれませんよね。何故なら・・・そこから先に、「愛し続ける」っていう長い長い道のりがあると思うからなんですよ・・・。
愛することと愛し続けることとは全く別の次元の行為だと・・・僕は解釈してるんです。
かなり荒っぽい例えになっちゃうんですが・・・
愛し愛され・・・その女性の為なら人生賭けてもいいと思う程の女性と交際するなり、夫婦だったりしてもですよ・・・ある日突然、交通事故で人口呼吸器をつけたままベッドの上で横たわり・・・回復の予測すらはっきりとしない・・・。そんな状況下にもしも、直面したとしたら・・・
多分、今までの「愛してる」という気持ちの形はみるみる変化を遂げていくはずだと思うんです。
極論を言えば、「愛してる」が「愛してた」に変わってしまうことだってありますよね。裏返すと気持ちの真価を問われるような・・・?
だから、「愛してる」も「愛してた」も、それに達するまでに時間を要しない・・・?

「愛し続ける」っていう行為はね・・・、非常なる労を費やす行為かもしれません。
人間は機械じゃありませんから、「愛してた」時点のまま永遠に不変なままの女性でいてくれるはずがありません。(当たり前ですが・・・)年老いてもいきますし・・・生きてる以上、何が起こるかもわかりませんからね。少々の事なら許容範囲内でしょうから無意識のうちに受け入れるのが普通なんでしょうが・・・
もしも、さっきの荒っぽい例え話のような・・・かなり想定外の問題が発生したならば・・・?
人は生まれた瞬間からストレスを抱えだすと思うんですが、愛に関してもね・・・
愛した瞬間から愛し愛されることへのストレスを抱えだす・・・?
生きていく事も大変なことだけど・・・
愛し続けてゆくということも同じ位大変なこと・・・。
でも「もうだめだ・・・死んでしまいたい・・・」と悩み抜く中に生きてる素晴らしさを全身で受け止める瞬間があるようにね・・・、
「もう・・・愛せない・・・」・・・と背を向けた時に初めてわかる・・・
「本当は愛しているんだ」という真実。
もしも、そんな真実にちょっとでも触れたならばね・・「愛し続ける」っていう・・・、時に苦悶を伴う行為ですらも、決してあきらめることなく受け入れることができるはずですよね・・・
それはね、「それでも生きていく」っていう行為にもリンクした・・・
人間の・・・尊い心のパワーだとも想うんです。



2007/06/18

愛するということ

メンタルヘルス・ウェブログ

よく聞く?言葉に・・・
「人は生まれた瞬間から死に向かう」
っていう言葉がありますよね・・・。理屈から言うと、当たり前のような?自然界の摂理??
ならば・・・愛するということは・・・?
愛を感じた瞬間から愛を失う終章へと向かってゆく・・・?
一理あると言えばあるような気もしないでもありませんが・・・。
そんなふうに考えていくと・・・人を愛するってことは相当なエネルギーが必要になってくると思うんですよね・・・。
簡単に言うと・・・「とても、しんどい。」
それじゃあね・・・しんどいんだから、やめちゃえば楽になりますよね?すぐに終章のページを開いてしまえば楽なのに・・・?
本当にそうかな・・・・・?
難しいですね・・・。僕の脳ミソのレベルでいくら考えてもなかなか答えはでてきませんね。
愛をテーマとした論述は無数にあるように、答えがないから・・・、人は愛を確かめたり、確かめ合ったりするのかもしれませんがね・・・。だから「生きること」と「愛すること」ってなんか似てますよね・・・。
苦しみぬいて生きてゆくから、生きてる喜びを必ず・・・いつかきっとわかる時がくるのと同じで、もがき悩んで愛し続けるから「愛してる」と・・・わかる自分に出会える・・・?
人を愛する・・・我が子を愛する・・・我が親を愛する・・・心の友を愛する・・・
いろんな愛の形があると思うのですが、愛することって素晴らしい。
生きるってことも素晴らしい。
死んでしまうことは、生きてる苦しみを解消することではない。
愛することを、辞めてしまうことは悩みを解消することとは違う・・・愛するという行為をあきらめないところに、初めて選択肢という名前の扉を開くことができる・・・。僕の場合、この扉をひらいた向こうにあった答えは・・・一生、この女性と生きていこう・・・。そして運命に背を向けまい。それが答えでした。
だから・・・今、こうして立派に生きているのです・・・・・。


2007/06/13

うつ病に感謝?

メンタルヘルス・ウェブログ

男は女を守るもの。女は男に守られるもの。
映画に出てきそうなセリフですね。
僕も一応、守っているつもりではあるんですが・・・
しかしながら・・・妻に頼ってしまう時もありますよ。
とりあえず10年以上、夫婦してますからね。それが夫婦の姿。かもしれませんね。

ところで、僕達の生活空間の中には常に,うつ病という存在があるんですが、もしそうじゃなかったら今、想うような事柄は無いかもしれません。まだまだ若いですから生活に追われ、子育てに揉まれ、仕事一本、家族そっちのけ。なんて、お互いに違う方向ばっかり向いちゃってしまうような・・・
日本の離婚率もグングンあがっているみたいですけれど、うつ病のおかげで妻との心の距離は結構短くなっています。
一応、出会う→彼女→恋人→結婚→夫婦という普通の流れで現在に至りますが、もとは他人。夫婦関係って、切っても切れない親子の絆とは異質のものと思ってるんです・・・。
いくら結婚式で「誓います・・・」ってサインしても何の保証もありません。
妻がうつ病になってから、もと他人同士が互いに尊重しなければならない何か大事な部分に出会えたかと思います。守って守られてというような・・・気付かずに過ごしていたものを気付かせてくれたような・・・貴重な体験かもしれませんね。
うつ病も意外と罪な奴です・・・??