ラベル 泣ける の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 泣ける の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
2008/04/08

人生に疲れた人へ その弐・動画、文章版

メンタルヘルス・ウェブログ

人生に疲れた人へ・・・文章版と共に動画、その弐です。

かとー先生から
生きることに疲れた貴方へ
自分を守るために迎合する。
あるいは人に優越しようとする。
優越できないと自暴自棄になる。
努力しなくなる。
真面目なのだけれども、
「実際の自分」以上のことをしようとするから
結局は実りのない人生になる。
『言いたいことが言えない人』
幸せを感じられるかどうかは、とりまく状況よりも、
心にそれを感じる能力があるかどうかである。
『自分のうけ入れ方』
生きることに疲れた人は、
あまりにも長い間ストレスに耐えて頑張っているうちに、
喜びも楽しみも誇りも感じられなくなってしまった。
『心の休ませ方』
嫌われたくないということで、
なんと多くのものを失っているだろうか?
私たちは日々支払っている代価の
高さに気づいていない。
『だれにでもいい顔をしてしまう人』
心理的に健康な人は
「過去を嘆いても変わらない」と言う。
「今を生きよ」と言う。
心理的に健康な人は今が幸せだから、
過去から抜け出せる。
心理的に病んでいる人は今が不幸だから、
過去からどうしても抜け出せない。
その違いを考えないで、
過去にこだわる人を責めるのは酷である。
愛に恵まれた人が、
愛に恵まれない人を裁くことが許されるだろうか?
『心の休ませ方』
幸福も不幸も複利で増えていく。
いったん不幸になると、
坂道を転がるようにどんどん不幸になっていく。
『言いたいことが言えない人』
人生を不幸というラインからスタートする人は、
まずその「事の重大さ」を受け入れることである。
事の大きさに気がついていないと、
「努力すれば何とかなる」とか、
「頑張れば人生が開ける」とか、
甘えた人生観になり、すぐ躓く。
『自分のうけいれ方』
現在の学問から証明すれば、
抑制型の脳を持った者が、
愛のない環境で成長したら、
絶対に幸せになれない。
生まれてから死ぬまで間違いなく、
ずーっと不幸である。
しかし「それでもなお、
幸せになる決断」をしなければならない。
淋しい決断である。
孤独を超えた孤独な決断である。
『心のやすませ方』
「決断する」とは「捨てる」ということ。
「あの人とは、うまくいかなくなってもいい」と覚悟する。
その「捨てる」覚悟がなければ決断はできない。
『誰にでもいい顔をしてしまう人』
最後まで有難うございました




人生に疲れた人へ・動画、文章版

メンタルヘルス・ウェブログ

人生に疲れた人へというタイトルの動画を、文章版と共に拾ってみました。

生きることに疲れた人は、
真面目な人である。
努力してきた人である。
努力している時に、
まさか自分がこのようになってしまうとは、
予想もしなかった。
自分の努力は、
いつか報われると思っていた。
皆から賞賛されると思っていた。
まさか自分の人生が、
こんな形で行き詰るとは予想していなかった。
でも、いま、生きることに疲れて、
何もする気にならない。
幼児の頃から献身を求められた人が、
どうして大人になっても
エネルギッシュでいられようか?
そんなことは無理に決まっている。
せっかく生まれてきたのに、
屈辱感を味わうだけで一生を終える人は多い
周囲にとって都合のよいときのみ、
「良い子」として受け入れられた
人生の初期において
周囲の自分に対する期待を
かなえることばかりにエネルギーをつかい、
生きることに消耗してしまった。
高齢者と若者とが
男と女とが
文化の違う国に属している人が、
相互に理解しあうのは難しい。
しかしそれよりも
はるかに難しいのが、
心理的に成長した人と、
それができなかった人とが、
相互に理解しあうことである。
よくいじめられた子供に
「言い返せばいいじゃないか」
と言う人がいるが、
それは言い返したときの恐怖を
体験していない人が言う
虚言である。
そもそも権威主義的家庭に育てば
「言い返す」などという文化は無い
いつも気持ちは萎縮している。
いつも怯えている。
「丸太小屋から大統領へ」という
サクセスストーリーが好んで語られる。
外側だけ見る人には感動的であろうが、
それは奇跡でも驚嘆でもない。
丸太小屋に生まれても
「母なるもの」を与えられていれば、
生きることは楽しいことだからである。
愛されない子供として宮殿に
生まれるよりもはるかに幸せである。
いや、これは比較できない。
あまりにも違いが大きすぎる。
「丸太小屋」が天国だとすれば、
「宮殿」は地獄である。
しかし人々は「丸太小屋」を誉める。
こちらのタイプを賞賛する。
眼に見えるからである。
人生の不公平とは、
この不公平である。
無視されて育ったり、感謝を要求されて
育った人が、真の自分を発展させ、
素直に成長していくことは
至難のわざである。
人生に疲れた人は、自分が生まれ育った環境を考えれば、
「自分はすごい」と思っていいのである。
事実すごい。誰にも助けてもらえないで、
独りでここまで生きてきた。
だれがここまでできるか。
不幸を受け入れる気になると何をしたら
最も良いか突然見えてくる。
「私の人生は辛い」と認めることである。
「なんで私だけ」と不満になれば、
より辛い人生になる。
人生が一度しかないと思ったら、
自分を無理に欺いて、人に迎合するだろうか。
もし本気でそう思ったら生き方が変わってくる。
人生は一度しかない。
本当に一回なんだよ。



2008/01/16

阪神・淡路大震災から13年

メンタルヘルス・ウェブログ/ posted by レオン

阪神・淡路大震災
1995年(平成7年)1月17日午前5時46分52秒発生。
死者 : 6,434名 行方不明者 : 3名 負傷者 : 43,792名
避難人数 : 30万名以上
住家被害 : 全壊104,906棟、半壊144,274棟、全半壊合計約25万棟(約46万世帯)、一部損壊390,506棟
火災被害 : 住家全焼6,148棟、全焼損(非住家・住家共)合計7,483棟、罹災世帯9,017世帯
その他被害 : 道路10,069箇所、橋梁320箇所、河川430箇所、崖崩れ378箇所
被害総額 : 10兆円規模


他、詳細データ阪神・淡路大震災関連情報データベ ース




以下、被災者の方の掲示板投稿より~

☆ >当時神戸の大学に通ってて学校近くの二階建ての木造アパートの一階に住んでた。
ちょうどセンター試験で大学が休みで研究室にも行けなかったので前の日まで彼女(OLだった)とスキーに行ってた。
で、アパートに帰ってきて彼女の家まで送っていこうと思ったら。

「疲れたし、泊まっていく」と言いだしたのでそのまま二人で並んで寝てた。
そしたら何がなんだかわからないうちに天井が崩れ落ちてきて生き埋めになった。
身動きはとれなかったが手を伸ばしたら彼女の手があって、彼女の手を握って「地震みたいやね」「きっと助かるよ」って話をしていた。
「助かったら何が食べたい」とか「助かったらどこに行きたい」とか話してて最後には「助かったら結婚しよう」って話になってた。
ところが何時間経ったかわからないけど彼女が突如苦しみだして力が抜けていくのがわかった。俺は何も出来ずに叫ぶだけだった。
でも、彼女の苦しんでる時間はそう長くなかったと思う。
だんだん冷たくなっていく手を握りながらずっと叫んでたと思う。
そこから後のことは全然覚えてないんだけど夕方6時くらいに助け出されたらしい。

あの日彼女を家に帰していればいまごろはどうなってただろう、と思うと鬱になる。
もしかしたら結婚してたかもしれないが、恐らく普通に別れて忘れてしまってるかもしれない。
でも、彼女は今も元気に生きているんだろうなと思う。子供もいて幸せに暮らしてるかもしれない。



☆ >2年前旅行先での駐屯地祭で例によって変な団体が来て私はやーな気分。
その集団に向かって一人の女子高生とおぼしき少女が向かっていく。
少女「あんたら地元の人間か?」
団体「私達は全国から集まった市民団体で・・・云々」
少女「で、何しにきたんや?」
団体「憲法違反である自衛隊賛美につながる・・・云々」
少女「私は神戸の人間や。はるばる電車のって何しにここまで来たかわかるか?」
団体「・・・・?」
少女「地震で埋もれた家族を助けてくれたのはここの部隊の人や。
寒い中ご飯作ってくれて、風呂も沸かしてくれて
夜は夜で槍持ってパトロールしてくれたのもここの部隊の人や。
私は、その人たちにお礼を言いに来たんや。
あんたらにわかるか?
消防車が来ても通り過ぎるだけの絶望感が。
でもここの人らは歩いて来てくれはったんや・・・・」
最初、怒鳴り散らすように話し始めた少女は次第に涙声に変わっていった。
あまりにも印象的だったのではっきり覚えている。
団体は撤退。
彼女が門をくぐった時に守衛さんが彼女に社交辞令の軽い敬礼ではなく直立不動のまま敬礼していた。



2008/01/13

「年上の彼女」 より

メンタルヘルス・ウェブログ

年上だった彼女は今では僕の方が年上です
・・・という最後の一言が深い意味をもちます。
以下、掲示板よりクリップ。


「年上の彼女」 
163 名前:ボヘミアン投稿日:01/12/04 12:15 ID:Y/butMt8
少し長編になるかもしれませんが
最近気持ちの整理もできたので書いてみます。

今から6年前の話です。
僕がまだ10代で、あまり携帯電話は普及してなくて、
ポケベル全盛期の時代のことです。

僕はその頃高校を出て働いていたんですけど、2つ年上の女性と付き合っていました。お互いの親にも会ったりして僕は結婚する事を信じて疑いませんでした。

毎朝ポケベルに「オハヨウ」とか「ガンバッテネ」みたいなメッセージのやりとりをしていたのですが、ある日僕がメッセージを送るのがめんどくさくて送らない日があって、彼女からもメッセージは送られてきませんでした。ちょうどその日は給料日で、僕は今日は彼女にメシでもおごろうと、どこに行こうか考えていました。仕事が1段落つき、昼休みに入り食事に行こうとした時に僕宛の電話がなりました。
その電話は彼女の交通事故を告げる電話でした。




164 名前:ボヘミアン投稿日:01/12/04 12:22 ID:Y/butMt8
僕はその電話を置いた後、しばらく何のことかわからなかったんですが、「今意識不明だ」という言葉に体中
汗ばんだのを覚えています。

すぐに無理やり会社を早退し、彼女が運ばれた病院へ
向かいました。

電車の中で「実はたいした事ないんちゃうかな?」とか
自分に都合のいい方にしか考えたくなかったんですが、
「もしかしたら・・・」って考えると、周りに人がいるのにボロボロと涙が出てきて、すごくさみしい気持ちが溢れてきました。

僕が病院に着く頃には、意識が戻っている事を祈りながら病院まで走っていきました。彼女の家族に出会い、容態を聞いてみると、彼女は集中治療室に入っているという事を聞いて事態の深刻さを悟りました。

外傷はほとんどなく、脳にショックを受けたらしくまだ意識は戻っていませんでした。

僕はとりあえず会社に彼女の意識が戻るまで休む事を電話で伝えて、病室の前で意識が戻るのを待つ事にしました。その日は病院のソファーで、ほとんど眠れずに夜を明かしました。

目の前のストーブで背中は寒かったのに、顔だけがすごく火照っていました。

165 名前:ボヘミアン投稿日:01/12/04 12:28 ID:Y/butMt8
結局その日は意識が戻る事なく、次の日の朝1番で着替えなどを家にとりに帰りました。

病院に帰ってみると明日手術ができるかどうかがわかるだろうという、医者からの話があったそうです。

そして5分だけ面会時間がもらえるとの事で、僕は会いたいような会いたくないような、複雑な気持ちでしたが、給食当番の時の様な服を着て彼女に会いに部屋にはいりました。

部屋の中は訳のわからない機械がいっぱいで、その中のベッドの一つに彼女が寝ていました。まるで眠っているだけの様な顔で、名前を呼べば今すぐにでも起き上がってきそうでした。

手を握ると腕のあたりに、点滴などの管が何本も刺されていて、容態の悪さを物語っているようでした。それと、唇が妙にカラカラになっているのが気になりました。

5分間というのは短いもので、何か話しかけようとしたのですが、なんとなく周りの目が恥ずかしくて言葉らしい言葉をかけれませんでした。



166 名前:ボヘミアン投稿日:01/12/04 12:41 ID:Y/butMt8  
その日は少し気分も落ち着いて、なぜか「絶対大丈夫!」という根拠のない自信でいっぱいでした。

それからは彼女の意識が戻ってからの事ばかり考えるようになり、頭の手術するんやったら髪の毛剃らなあかんから、帽子がいるし買いに行こう!と看病の事を考えて買い物に行く事にしました。

この時僕は目を覚ました彼女を喜ばせる事だけを考えていました。さっそく帽子を探しに行き、キャップは似合わんし、ニット帽だとチクチクするからという事で、綿で出来た帽子を探して買いました。

買い物が済んで帰ろうとした時に街中を歩く女の子を見てると、なんか自分が現実から少しズレた場所にいるような気がして妙な不安を感じました。

その不安からか彼女の意識が戻ったら正式にプロポーズしようと安物ですが指輪まで買って帰りました。

その日も結局容態に変化はなく過ぎていきました。

167 名前:ボヘミアン投稿日:01/12/04 12:50 ID:Y/butMt8
次の日のお昼前、彼女の父親だけが医者に呼ばれて病状の説明を受けるとの事だったのですが、無理を言って僕も同席させてもらいました。どうしても自分の耳で医者から聞きたかったんです。多分あれほど緊張した事は今までになかったと思います。

医者の部屋に入って、医者の顔色を見てみると、どっちともとれない無表情な顔をしていました。

医者が口を開いて、簡単な挨拶が終った後喋り出したのですが、病状はよくなるどころか病院に運ばれた時点ですでに手遅れでした。

僕はこれを聞いて頭がグラグラして椅子から落ちないようにする事しか考えれませんでした。

どうやら今治療をしている様に見えるのは、家族に心の準備をさせる為に無理やり心臓を動かして、体だけ生かして少しずつ悪い方向へ持っていくというものでした。

僕は部屋を出て彼女の父親に、家族にはまだ言わないで欲しいと言われ、泣き出しそうなのをこらえて、
母親に話かけられても「用事が出来た」とだけ言い残して、誰もいない場所まで走りました。

街中であれだけ涙を流して大声で泣いたのは初めてでした。


168 名前:ボヘミアン投稿日:01/12/04 13:01 ID:Y/butMt8
それからちょうど涙が枯れた頃、病院へ戻りできるだけ普通に振舞いました。

その夜、彼女の父親と銭湯へ出かけました。
二人ともほとんど無言で風呂に入り、話す事といっても関係ないどうしようもない会話ばかりでした。僕は彼女の父親にはどうしても聞いておきたい事がありました。

僕が彼女と結婚するって言ったら許してくれるかどうかでした。今考えると絶対に聞くべきではない時に聞いたような気がします。病院に戻る前に父親を呼び止めてストレートには聞けなかったのですが、買ってきた指輪を彼女の指につけてもいいか?と聞きました。

彼は黙ってうなずくだけでした。
その夜は眠る事ができなくて、家族と顔をあわせると泣いてしまいそうで外で一人で過ごしました。


次の日、また5分だけ面会できるということだったので、もう1度彼女の顔を見に行きました。

彼女の顔は相変わらず眠っているようで、もう目を覚まさない事がウソのようでした。

僕は彼女の左手にこっそりと指輪とつけました。
もう何の意味もないのはわかっていましたが、少しでも彼女に近づきたいという気持ちでいっぱいでした。
みんなが部屋を出た後、
僕は忘れ物をしたそぶりをして、ベッドの側に戻り、
彼女のカラカラの唇にキスをしました。

170 名前:ボヘミアン投稿日:01/12/04 13:15 ID:Y/butMt8
それからしばらく経ち、彼女は一般病棟の個室に移ることになりました。医者が言うにはもう長くないので、少しでも家族が長く一緒に入れるようにとの配慮だそうです。

僕は1日のほとんどをその部屋ですごすようになりました。何もする事もなかったのですが、話かけると声が届いてるような気がして、耳元で歌を歌ったり、話し掛けたりしていました。

そして夜が明けて昼すぎになると、医者と看護婦が入ってきて、みんなを呼んでくださいみたいになって、みんなが見守る中、心拍数を表示しているピッピッってなる機械に異変が見られるようになりました。

最後まで僕に片方の手を握らせてくれた
彼女の家族に感謝しています。
それから1時間ほど経った後、
そのまま静かに心臓が停止しました。


僕も含め部屋にいる人みんなの泣き声だけが聞こえてきて、覚悟はしていたものの、本当にこうなった事が信じられなかったのですが、医者の何時何分とかっていう声に現実に引き戻されました。

そして部屋にいる全員が驚く事が起こりました。
僕が握っていた彼女の手がものすごい力で僕の手を握り返してきたのです。

僕は本当に驚いて多分変な声を出していたと思います。しばらくして彼女の手からスーっと力が抜けていきました。

僕は涙はふっとんで、全員にその事を伝えました。
すると彼女の母親が、「きっと、一生懸命看病してくれたから「ありがとう」って言ってるんやで」って言ってくれました。

冷静に考えると死後硬直だったのでしょうけども、その彼女の母親の一言で僕は今まで道を間違わずにこれたと思います。

年上だった彼女は今では僕の方が年上です。


2007/12/06

交通事故というものは「一瞬で人生を変えてしまう」

メンタルヘルス・ウェブログ

交通事故というものは「一瞬で人生を変えてしまう」ものであります。
それは何の前ぶれも無く、被害者と加害者・・双方の人生を共に狂わす・・・。
統計的に交通事故を捉えてしまうと、まるで日常茶飯事のごとく発生してますし新聞やニュースに掲載されるのは一部分だけですよね。
だから・・・どうしても、「自分は大丈夫」なんて気持ちでサイレンの音を聞き流し・・ニュースを眺める。しかしながら、事故という出来事は、そんな日常茶飯事がどうのこうのと言える程、当たり前の出来事でもなんでも無いんです。
生きている以上、ずっと背負ってゆかなければならない重く・・哀しすぎる心の傷であり、それは消えることは無い・・・。
人の命というものは本当に・・かけがえの無いものであります。
受け入れることの出来ぬ哀しみを抱き続けてゆかねばならない悲惨な事故が今日もまたどこかで・・・。
そんなニュースを観る度に・・「自分も例外では無い」・・・と、加害者にも被害者にもなり得る事を再認識するのです。

さだまさし 「償い」より~




2007/11/22

憎しみでも恐怖でもなく愛していると伝えたかったということ(NY 9・11事件)

メンタルヘルス・ウェブログ

家族に向けた最後の言葉 ◇ NY 9・11事件から(日刊スポーツ)

同時テロで犠牲になった人たちは、最愛の人に携帯電話でメッセージを残し、帰らぬ人となった。米メディア報道などを基に犠牲者の最後の言葉を集めた。

▲ブライアン・スイーニさん(38)

「自分らしい人生を生きて幸せになってほしい。絶対にだよ」
ブライアンさんは貿易センタービルに激突したユナイテッド航空機に乗り合わせた。妻のジュリーさんに電話したのは衝突のきっかり5分前。
「状況は悪そうだ。愛している。もう1度話したいが、だめなら、また天国で会おう」

▲トマス・パーネットさん(38)

ペンシルバニア州ピッツバーグ郊外に墜落したユナイテッド機から妻のデューイさんに携帯電話をかけた。
「みんな死ぬことは分かっている。だけどここにいる3人で何とかしてみるつもりだ」
大統領山荘を狙っていたとの情報もある同機は目標をそれたが、乗客との格闘が原因との見方が出ている。
「愛している」と言ってトマスさんの通話は途絶えた。

▲シーシー・ライルズさん

ユナイテッド機のスチュワーデス。フロリダ州に住む夫と4人の子どもに電話した。
「どんなに家族を愛しているか知ってほしい」 
背後では乗客の叫び声が聞こえたという。

(「日刊スポーツ」2001.9.15より)

"CNNを見ていて、先ほどキャスターの女性が、ハイジャックされた飛行機から電話をかけてきた乗客の最後の言葉についてコメントをしていました。
「死を悟った人達の最後の言葉は、憎しみでも恐怖でもなく『愛している』という愛の言葉で した」と。
胸がつまって、とても苦しくて、たまらなくなり ました。 事件に関していろいろな思いや、意見が交わされ、報道される中ですが、ものすごく心に響いた一言でした。
うまく言えないのですが、1 つ1つの言葉が何度も何度も頭の中を回るのです。死を悟った人が、憎しみでも、恐怖でもなく、愛していると伝えたかったということが・・・"
2001.913のとある掲示板より」



2007/11/18

「それでも生きて行こう」より

メンタルヘルス・ウェブログ

11 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/11 23:19
小学生の頃、いじめられていた。
石を投げられる。殴られる。
転校する時、担任が一言。
「君にはお別れ会なんて必要ないよね?」
中学生の頃。周りは小学校と同じメンバー。
暴力が続くと思いきや、とことん無視される。
休み時間は寝たふり。
給食は席をくっつけるが、誰も話に入れてくれない。入れない。
やることがないので、勉強を一生懸命やる。
人の十倍はやっただろう。そして学年で20番の成績を取れた。
あれだけ勉強して、20番。

13 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/11 23:22
高校生の頃。
普段は酒を飲まず、とても優しかった母親がめずらしく酔っていた。
抱き上げた俺に向かって泣きながら言った。
「ごめんね…産んでごめんね…」
どんな言葉よりも辛かった。

21 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/11 23:24
そんな俺にも初めての友人ができた。
高校2年の始業式。
前の席だった奴が話しかけてくれた。うれしかった。
そいつはとても面白くて、いつもクラスの中心にいた。
それでも俺と話してくれた。ほんとにうれしかった。

27 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/11 23:29
あるとき、トイレで用を足している(大)と、外で話し声が。
男1「おまえさあ、あいつと仲良いよな、○○。なんでよ?」
男2「そうそう、お前と性格合いそうにないのにな。」
そして、友人の声
「いや、一応席近いしさ、話しかけないとまずいと思ったのよ。ほら、俺ってクラスの人気者じゃん?誰にでもやさしくしとかないと。ま、それでも友達にはなれないけどね。」
トイレから出れなかった。

35 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/11 23:34
父親に悩みを打ち明けたことがあった。
俺は何で生きてるんだろう?何の為に生きてるんだろう?
…もう死にたいよ。
父親は俺にそっくりな無愛想な顔をして
「…生きてれば良いことがあるかもしれない。少なくとも俺はお前の母親と出会えて、お前という息子を授かって、幸せだ。ま、あいつ、不細工だけどな」
そんな父親が過労死で死んだ。
会社は一切認めてくれなかった。
葬式にきた数人の同僚、部下、上司は笑っていた。
彼らにとってはどうでもいいことだったんだろう。
涙は出なかった、怒りも沸かなかった。
ただ呆然としていた。
母親も俺と同じ顔をしていたのが印象的だった。

41 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/11 23:39
ちいさな会社に入った。
運送業者の事務だ。
皮肉なことに父親と同じ業界。
入って3ヶ月目の上司の評価
「使えない」
みんなの前でこき下ろされた。
でも、しょうがないと思ってる。
俺は、本当に使えない奴だから。

48 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/11 23:42
仕事は忙しかった。40度近い熱でも休まなかった。休めなかった。
それでもある意味幸せだった。
忙しさに、すべてを奪われていたから。
すべてを忘れることができたから。

59 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/11 23:50
会社に入ってから3年。
いまだ使えない奴扱いの俺に唯一笑顔をみせてくれる娘がいた。
その年に入ってきた新人の女の子だ。
「おはようございます」の一言と、その笑顔が俺を癒してくれた。
「変われるかもしれない。」
すでに人を好きになることを諦めていた俺がそう思った。

67 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/11 23:53
数ヶ月後。
いまだに笑顔を見せてくれる彼女を夕飯に誘った。
誘えた自分が誇らしく思えた。別の人間かと思った。
彼女の答えは
「もちろん、行きます。どこに連れて行ってくれるんですか?」
生まれて初めて、生まれて良かったと思えた。

73 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/11 23:57
告白した。いろいろ考えて考えて…何度も練習して…。
それなのに、言えたのはたった一言。
「す…好きなんです。付き合って…ください…」
自分でも情けなくなるくらいしどろもどろだった。

86 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/12 00:00
「ごめんなさい。今は付き合うとか考えられないんです
いろいろやりたいことがあるんです。」
彼女はそう言った。
悲しかったけど、妙に納得してしまった。
ある意味で嬉しかったのかもしれない。彼女の断り方が。
数ヶ月後、彼女は寿退社をした。
相手とは3年付き合っていたらしい。
結婚式には呼ばれなかった。

101 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/12 00:05
傷心…そんな気持ちを抱くこともなかった。
「そんなもんさ。いつものことだろ。」
いつのまにか口癖になっていた。
仕事に命をかけよう。父親のように。
今はそれしかない。
仕事だけは俺を必要としてくれている。
…やることはたくさんある。

123 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/12 00:12
「お前、この仕事向いてないよな?自分でもわかるだろ?
辛いだけだぞ?こんな仕事続けても。
まだ若いんだから転職でもしてみたらどうだ?」
ある時、上司から告げられた。
俺は馬鹿だけど、上司が何を言いたいのかは分かった。
次の日、辞表を出した俺に上司はうれしそうに
「お疲れさん!」
同僚たちはいつものように仕事をしていた。
いつも以上に忙しそうに。

145 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/12 00:19
その日夜遅くまで公園で時間を潰した。
家に帰った俺に、母親がいつもの笑顔で「お疲れ様」といった。
「会社、辞めてきたよ」と言った俺に、一言。
「お疲れ様」
同じ笑顔だった。

160 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/12 00:24
数ヶ月前。
職を探していた俺が、いつものように家に帰ると母親がいなかった。
夜遅くに電話が鳴った。
病院からだった。
母親の声だった。
いつもの優しい声で、具合が悪くなったので医者に言ったら入院するように言われたこと。
今日はもう面会できないから、明日必要なものを持って病院に来て欲しいことなどを告げられた。
次の日、保険証やら着替えやらをもって病院に行った。

170 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/12 00:29
癌だと、医者から告げられた。
末期の胃癌だったそうだ。
もう、助からないらしい。
いつものように優しい母親。
目を見ることができなかった。
一人で家に帰って、父親に告げた。
父親の前で泣くのは、これが2回目だった。

189 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/12 00:36
1ヶ月ほどたった日、母親がかすれた、それでも優しい声で言った。
「もう助からないんでしょ?分かってるのよ。」
俺は黙ってしまった。
母親はいつものように優しい声で
「どう?仕事は見つかりそう?」
話題を変えた。
俺は我慢しきれずに泣いてしまった。
母親はずっと俺の手をさすっていた。

196 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/12 00:39
数少ない親戚が久しぶりに集まった。
「あの人は本当に良い人で…」
「惜しい人を…」
どこかで聞いた台詞であふれていた。
俺は淡々と喪主を勤つとめた。

205 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/12 00:44
ここ数ヶ月、ずっと独りで、とても広く感じていた家。
その日からさらに広く感じた。
骨壷は思っていたよりも軽かった。
家に帰った俺は机の上においてあったノートを手にとった。
母親の病室の、枕の下から出てきたノートだ。

216 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/12 00:49
日記だった。
入院してから、1ヶ月くらいから、死ぬ2,3週間前までの。
その日記は父親との会話でつづられていた。
2,3日分の日記を読んで、泣いてしまった。
書かれているのは全部俺のことだった。

234 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/12 01:00
最後のページから数日前の日記。
その日記だけ、俺宛だった。
○○、あなたにずっと謝りたいことがあったの。
○○がいじめられていたこと、ずっと知ってたの。
でも、私は弱い人間だからただ優しくすることしかできなかった。
学校に行こうかとも思ったけど、行けなかった。
いつも○○が優しい顔で「今日も楽しかった」って言ってたから。
だれにも言わずにがんばっている○○を裏切れなかったの。
覚えてる?高校2年の頃。私は酔ってあなたに言ってしまったね
「産んでごめん」って。
本当にごめんなさい。あのときは本当に思ったの。
あなたがこんなに辛い思いをしているのは私が産んだせいだって。
(中略)
私はあなたを産んで本当に良かった。幸せだった。
だから、あなたにも幸せになって欲しい。
あなたなら幸せになれる。お願いだから、なって。

245 名前:毒 ◆72o6p0H6 投稿日:02/08/12 01:03
俺は驚いた。
まさか、あそこまで潰れていた母親がそんな事を覚えてるとは思ってもいなかったから。
ずっとそのことで悔やんでいたんだと思った。
優しくともすこし陰のある笑顔はたぶん、その後悔から来てたんだろう。
号泣した。
どこからこんなに涙があふれてくるんだろう?
死ぬことを考えていた俺は思った。幸せになろうと。

「それでも生きて行こう」




2007/11/03

天国へ旅立つ像のお父さん

メンタルヘルス・ウェブログ

像のお父さんが天国へと永遠の旅立ちに向かうという内容であります。
現実を受け止めた像のお母さん。
哀し過ぎるほど無邪気な子供達。
父親という立場を最後まで全うしようとするお父さん。

スヤスヤと眠りこける小さく愛らしい子供達の寝顔にキスをする・・・
そんな男らしさに、熱く切ない気持ちがこみ上げてきてなりません・・・



2007/10/27

ありがとう~「ありがとう」って言いそびれたヤツいる?

メンタルヘルス・ウェブログ

­ありがとう
いい言葉ですね。人間って、この言葉があるから優しくなれる。
言葉・・・?いえ・・
気持ちだけでもいい。ありがとうって想う気持ちがあるから人が人でいられる。
喜び・哀しみ・怒り・・・いろんな気持ちの背景に「ありがとう」ってゆう気持ちや言葉が時に自分を、相手を・・つなげてくれている。
あんまり有名すぎて今更・・なんて気もしないでもありませんけれど、
「ありがとう」って言いそびれたヤツいる?



1 :Mr.名無しさん :04/07/27 04:28
    ♪もーしもー、もう一度アナタに会えるなら
     たった一言伝えたい
     「ありがとう」
     「ありがとう」
     時には~、傷つけーあっても、アナタを感じてーたーいー♪

俺はこの曲で、後悔の念で泣ける。
誰が歌ってんだろ。
某フラッシュのBGMなんだが。

まあそんなわけでオマエラ。
ありがとうって言いそびれた毒男いるか。
生きてはもう二度と会えないんだから、ここで言っとけ。

61 :Mr.名無しさん :04/07/27 04:28
俺に言わせてください。
ありがとうって言いたいです。
いつも毒男板に来ては煽ってばかりいた性格の悪さを省みています。
きっと俺に罰が当たったんだ。悪性リンパ腫って…手遅れって…

母さん、マジでありがとう。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。

生んでくれてありがとう。こんな俺でも生んでくれてありがとう。
愛情を注いでくれてありがとう。沢山笑ってくれてありがとう。
一緒にへこんでくれてありがとう。一緒に泣いてくれてありがとう。

あなたは最高の母親です。オヤジも鼻が高いさ。
いっぱい泣きたい。あと一ヵ月後にはあなたのいない暮らし。
俺が芋ようかん買ってきたくらいで、病院のベッドではしゃがないでよ。
顔をくしゃくしゃにして喜ばないで。そして食べながら泣かないで…

母さんが喜ぶなら、芋ようかんずっとずっと買ってくるよ。
母さんがいなくなっても、ずっとずっと母さんの為に喜ぶ事をするよ。
母さん、ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。

79 :61 :04/07/27 05:37
すいません。今まで泣いてました…
厚かましいけど、書かせてくれ。お願いします、書かせて下さい…

最近はずっと起きてる。なるべく寝ないようにしてる。
寝ても二、三時間くらい。
後、俺の家族に残された一ヶ月って時間を、出来るだけ記憶に留めておきたかったんだ。寝てしまうその時間すらも惜しいんだよ。

俺に何か出来ないか、俺に何か出来ないか、そればっか考えてる。
残念な事に、俺には何も出来ないんだよ。病気の進行は容赦ない。
母さんをすぐに蝕んでいくんだ。薬の副作用で母さんの顔がむくんで、髪がボロボロ抜け落ちていった時に、
「アハハ、お母さんブサイクになっちゃったわねぇ~!!」
って、母さんは元気いっぱいに俺に言ったんだ。

俺が病室を出ると、母さんの泣き声が漏れてきた。
俺は病院の廊下で恥ずかしながら泣いたよ。
俺の前では元気いっぱいに振舞っていたのは
親心なんだって気付いたよ。母さん、俺バカでごめん。

だから、俺が出来る事って稚拙だけど、母さんの好きな芋ようかんを買っていってやったんだよ。俺はたまに買って行ってやるんだ。
母さんが病気になる前から、給料入ったらお土産で買ってくのね。
はしゃいで、顔をくしゃくしゃにして喜んで…食べながら泣いて…

日常ってとても素晴らしいものだね。些細なことでもキラキラしている。
芋ようかんですら愛しくて、ありがたくて、
涙が出てしまうくらいのものだよ。

俺はきっとこれから、いつもの芋ようかんを買う和菓子屋を通る度に その日常を思い出して、泣いて、「ありがとう」って感謝するんだろうね。本当は眩しいくらいのものなんだよ、日常って。絶対に家族ってとてもとても眩しいものなんだよ。

だから、恥ずかしくても自分の家族にありがとうって言ってやってくれ。
暖かくてキラキラしててかけがえのないもの。
俺の中では永遠に生き続けるもの。

母さんありがとう。

…もうだめぽ。スクリーン半分涙で見えねぇよ。。。


97 :61 :04/07/27 08:08
今は家に取りに来なきゃいけないものがあって帰ってきた。
急いでるのにウケるよね。
2chに書き込んでる暇があるならさっさと病院行けって感じだろうね。
病院行きたくないんです。
母さん、死んじゃった。

朝死ぬことねぇだろ…本当に母さんらしいね。
ほんっと、人騒がせな親だよなァ。
ねぇ、母さん。死んだら芋ようかん食えないよ?
死んだら、買って行ってあげないよ?
死んだら食べれないんだよ?
本当に急すぎて、ネタだと思われるだろ?
人騒がせだなァ…

母さん、ムカついてるでしょ?
医者にはあと一ヶ月って言われてたのにね。
一ヶ月、芋ようかん食べれたのにね。俺も買って行ってあげたのにね。

何でだよ、棺おけに芋ようかん入れたくないよ。

買って行くから、また食べてよ。

また笑ってよ。

また俺の名前呼んでよ。

142 :61 ◆1Z4mF1mWnQ :04/07/27 20:34
最初って涙なんか出なかった。
親戚や友達に連絡して、それはもう事務的にお通夜とかの準備をしなければいけなくて。涙を流す暇がないっていうのかな。オヤジも姉ちゃんも、同じように忙しくて悲しみにひたる余裕はないって感じでした。忙しさに追われたから、俺は今日の一日を冷静でいれたのかも。

一度、家に帰ってくる時に三人で夕飯食べたんだ。ハンバーグ食べた。
オヤジが、「うまくないなぁ…か…」
って、言葉詰まらせてイキナリ泣き出したんだ。子供みたいに。

俺はすぐ分かった。
その、「か…」の後に続けようとした言葉がすぐに分かった。
オヤジと母さんはよく食べ歩きが好きで、うまい店があると家族サービスとかいってはよく連れて行ってくれてたんだよ、俺と姉ちゃんを。

オヤジは「うまくないなぁ、母さん」って
いつもの癖でついつい言ってしまうところだったんだろうね。
俺は黙ってた。姉ちゃんも黙ってた。
俺は泣かなかった。泣けなかった。黙って食べてた。
何かしゃべったら俺も崩れてた。

今日の夕方もむしむしと暑くて、地元のスーパーはいつも通りにぎわっててさ… 思わず寄ったよ。特売のトウモロコシと枝豆売り場には主婦が沢山いてね
その中に母さんいるんじゃないかって、バカげた子供みたいな考えに変な期待持っちゃって。
「アツシ、トウモロコシ買ってきたから茹でてあげるからね~ッ!」
って、 一昨年の夏みたいに、笑う母さんの顔が見たかった。
こんなクソ暑い夏に、リビングで寝っ転がりながらトウモロコシを食う俺の行儀悪さをうるさく言う母さんの声が聞きたかった。

ああいうのを本当は小さな幸せって言うんだろうね。
けど、小さすぎて当たり前すぎて見えないんだよ。
いなくなってしまってから初めて分かるんだ。
それがビー球みたいにいろんな色があって綺麗で素朴でキラキラしてるって分かるんだよ、きっと。

152 :61 ◆1Z4mF1mWnQ :04/07/27 23:57
もう今日でここに書き込むのは最後にします。
みんな色々と辛いことを乗り越えての今があるのだと思いました。

だから俺だけ弱くてうじうじしていてはいけない。みんなが通る道なんだよね。けど、今だけ俺の弱さをどうか許してください。昨日の今日では強くなれない…

悲しすぎる。

オヤジが俺に封筒を渡してきました。
葬式までに必ず読んでおけって。オヤジはその中身を知らなかったらしい。姉ちゃんの分もあるって言っていたから、母さんからのものだってすぐに分かった。

俺は本当に弱い。もっと強いものかと思っていたら全然違った。弱すぎだ。
その封筒の中身を読んで、泣きじゃくった。今も涙が止まらない。どうして2chに書き込んでいるのかもよくわからない。誰かに聞いて欲しいからかな。誰かに何か言って欲しいからかな。

「アツシへ
お母さんがこんな手紙を書くことなんてなかったからさぞかしビックリしているでしょう。
アツシも知っている通り、お母さんは後三ヶ月くらいなんだってね。今のお医者さんはすごいね、余命をすぐに言ってくるなんてね。時代は変わりましたね。お母さんがお婆ちゃんを亡くした時は、ひた隠しにされたのにね。こっちの方がスッキリしていいかもね。
お母さんね、もっとアツシとナミを見ていたかったんだけどね。ごめんね。
あと三ヶ月しか見れないのか、うーん、残念だよ。
アツシ、旅行に連れて行ってくれるって言ってたしね。お母さん、北海道がいいな。美味しいものを家族で食べに行きたいじゃない。それで小樽にも行ってみたいんだ。アツシ、お母さん頑張って元気になるから、その時は北海道旅行をよろしくね。

153 :61 ◆1Z4mF1mWnQ :04/07/27 23:58
あなたは家族思いの良い子です。言葉遣いは汚いけど、それが照れ隠しなんてお母さんはちゃんと知っているんだからね。だてにあなたを23年間も育ててきた訳じゃないんだから。あなたとナミは私達の自慢の子供です。
あなたもいずれ親になって分かると思います。自分の子供がどんなにかわいくて仕方ないか、絶対に分かる日が来ます。お父さんが頑張って働くのも、お母さんがご飯を一生懸命に作るのも、
あなたたちがかわいいから。あなたたちを愛しているから。あなたたちと幸せを創り上げたいから。それが親心だよ。アツシも絶対に分かるはずだよ。
けど、お母さん、子供孝行出来てないよね。あと三ヶ月の間に出来る事って何かを考えたんだけど、お母さんバカだから分からないや。ごめんね。
だから、この手紙はあなたたちに謝りたくて、今こうして書いているの。
無責任な親だね、無責任なお母さんだね。ごめんね、お母さん無責任で。

アツシ、お母さんの子供で幸せでしたか?
お母さん、自信がないな。お母さんなりに頑張ってきたつもりだけど、自信ないよ。
だから、この手紙を読んだら、素直にお母さんに言って。
お母さんの息子で幸せだったか、素直に言って。
もし、幸せだったなら、お母さんもっと頑張っちゃう。
もし、幸せじゃなかったんなら、お母さんもっともっと頑張っちゃう。
大好きなあなたたちの為に、お母さんは頑張るよ。エイエイオーって頑張るよ。
あなたたちを授かって良かった。本当に良かった。
お母さんは幸せ者だね。幸せすぎるね。

あ、しつこいけど、お母さんは夏くらいに北海道行きたいな。家族で行こうよ、北海道。きっといいところだよ。美味しいものたくさん食べようね。アツシの運転する車で、北海道をぐるぐる家族四人でまわるの。ステキでしょう。期待してるよ、アツシ。ナミには別のものを頼んであるから一人だけの手柄なんかにしないこと!
夏に家族四人で北海道行こうね、お母さん頑張るよ!!

字が汚くてゴメンね。
お父さんも、ナミもアツシも、お母さんはみんな愛してるよ。幸せだよ。

                        アツシのお母さんより 」

って。書いてあった。

160 :61 ◆1Z4mF1mWnQ :04/07/28 00:52
これで最後です。
俺は忘れてはいけないことがあります。
俺が自己満足で書き込んで、それに対しての温かい言葉、煽り、
全てにありがとうと言いたいです。
みんな、ありがとう。

母さんを北海道に連れて行けなかったことが残念でなりません。
そして、弱い俺はいまだに涙を流しっぱなしです。

家族を大切にして下さい。愛情を素直に受け取って下さい。
小さな幸せを大切にして下さい。
恥ずかしがらずに「ありがとう」と言って下さい。

俺はみんなに感謝しています。みんなの優しさにひたすら感謝です。
夏が過ぎて秋になって、冬になって、どんどん季節が廻ります。
その中での「ありがとう」って、誰にでもあるはずです。
素直にありがとうと言える事は素晴らしいことです。
涙が流せるくらい、美しいものです。
みんなありがとう。

母さんありがとう。
         ・
         ・
         ・

193 :Mr.名無しさん : 04/07/28 23:30
今日はろうそくを絶やさぬように、寝ずの番です。
遺影の母さんは笑っています。