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2008/02/15

もがき苦しむ時期から学び成長してゆく時期へ

メンタルヘルス・ウェブログ

さて,久し振りの独り言ですが・・・(笑)

私の妻も、多分?回復期に差し掛かってきたであろう気がしないでもない最近であります。 がっ・・・・・・、

その辺りの素人判断は禁物でもあり、あくまでも主治医の先生に指導を受けながら今後の展開を見据えてゆきたいところです。
そんな中、そろそろ心理療法という分野にも学びの精神でもってトライしてゆかなければと考えております。
先日は、妻と認知療法についてかなり軽い感じで話をしてみたんですが、もうひとつ煮えきらぬ会話のままであり・・
それもこれも僕の学びがまだまだ未熟であることも一因してるのかもしれません(笑)

とりあえずは・・・

いつもネガティブに自動思考してしまって堂々巡りを始めてしまう歪みの部分を「知り」、その歪みを造りだす考え方に替わる・・別の思考パターンの発見。
そして、その取り組みに対する記録。

このあたりから、少しづつ取り組んでみようかなと考える最近でありますね。・・・
もがき苦しむ時期から、学び成長してゆく時期へと・・
時は確実に流れてきたなと、ふと・・感じる今であります。



2008/01/12

うつ病家族の鏡開き

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鏡開き・・・。
鏡開きってゆうのは、一月の20日ないし11日に、お正月に飾りつけてあった鏡餅を「割って・・・」雑煮やお汁粉にして家族全員で食べる習わしですよね。
何故?日本には、そんな慣習があるのかっていうのは、江戸時代の話まで、さかのぼるようでありまして・・・

その江戸時代の・・・将軍と大名。そして大名と藩士達は、めでたい正月を終えた年頭にあたり、それぞれから見た主(あるじ)の鏡餅をみんなで分け合うことによって主家の繁栄を祝いながらも、同時に互いの主従関係における絆を深めようとする意味付けをしていた・・・。
しかし、「切る」事により・・餅を分け合うのでは相当、縁起が悪いですからね。何故なら「切る」っていうのは「切腹」という意味がつながってしまいますから。
だから、割ったり、砕いたりしながら「切る」ではなく「開く」って言う縁起の良い言葉を使い「鏡開き」と言われだしたんだそうであります。

そうして、現代も家族等の一団において鏡餅を割ることで、その年の、その一団の発展と繁栄を願う慣習として引き継がれている。
まっ・・・、「説」はいろいろあるんでしょうが・・・
でも、平成に生きる僕達、家族においても・・・武士の教えの通り、家族の絆を深める・・いい慣習であります。

「開く」という言葉の響き・・・。
現代でも・・悪い言葉ではありませんよね。なかなか未来に向かってゆく感じがするなと僕も、感じる言葉であります。
江戸の武士達も、平成の現代人も・・・
心を言葉に託して生きているのは同じこと。
同種の言葉に励まされて、前向きに生きてるんでしょうね。
それにしても、江戸の武士達と現代人の年頭の風習を重ね合わせてみるのは、なかなかロマンを感じるところでもありますが・・・

うつ病家族・・・。
さあ・・・
僕達も鏡餅をしっかり、砕きましたよ・・・
僕は、小さな鏡餅を抑えて割るのに、
手の平と、指の内側がこってしまいました(笑!)
そして・・・徳川家の武士達の熱いハートを少々感じつつ?
僕は秘かに、心の中で考えました・・・。
正月は終わり・・・春に向けて・・・心新たに・・・
「がんばる。」
うつ病よ・・・遠慮なく、かかっておいで・・・。潔く、闘おう・・・。
そして・・・
今年も、餅を割れた・・「今」に感謝・・・・・。


2007/12/31

大晦日に想う。立ち止まれる強さ

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大晦日。
かなり大部分の人々が、この国の一年の区切りに向けて・・・

その流れに乗り・・・
しっかりとした足並みで・・・
時間の流れに沿って・・・
動き出している、今・・・
もしも・・・?
そういう、群れ?から・・・
はぐれていたり・・・
ついてゆけてなかったり・・・
そういうのが嫌な気分だったり・・・
そうしたくても、絶対無理だったり・・・
だとしたら・・・
そんな自分に拍手を贈ってやらないと・・・
何故なら・・・
正直に、自分を認め・・・
愛する人を認め・・・
立ち止まっているだけだから・・・
弱くないから、立ち止まれる・・・
傷付き・・・はぐれて・・・追いつけない・・・ついてゆけない・・・
そんなんじゃなく・・・
誇りをもって生きているだけ・・・
負けたのではなく・・・
ごまかさず・・・正直に・・・強く・・・ゆっくりと・・・
認めてもらうことよりも・・・
自分が自分を認められる心・・・
それが、何よりも大切で・・かけがえのないこと・・・・・。



2007/12/09

車は一瞬で全てを奪う・・走る凶器。

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車は走る凶器と表現することがありますね。
大きな大きな鉄の塊り。
一瞬の・・・一瞬の・・・
その事故は、たった一人の・・とてつもなく大切な人生を奪い、そして関係する人々を悲しみの底へと導き・・・
あの時の笑顔を永遠に過去のものとしてしまう。
そんな、悲劇が毎日のように繰り返されている。
昨日も今日も明日も・・・。
マナーとかモラルとか希薄な感のある最近の道路の様子。
年の瀬だから・・・急ぐから・・・
赤に変わった信号を見て見ぬ振りをしながら?駆け込む数台の車やトラック。
例えその時、何も起こらなかったとしてもね・・・
そういう運転は「いつの日か起こしてしまうかもしれない」危険な要素を含んでしまっている事故予備軍なんじゃないのかなって感じずにはいられませんね・・・。





2007/10/22

愛と青春・秋の公園

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今日は、せっかくの日曜日だったんですが僕は、あいにく出勤日だったんです。
いいお天気だし・・・深まりゆく秋の気配を感じるには絶好の、お日柄でしたよね。銀杏の実がポロポロと落ちだす時期が過ぎれば、落葉と紅葉の織り成す秋の素晴らしい趣きが気持ちを和ませてくれますね。
おっと・・・!ここで哀愁を感じてしまうと淋しさ募りますから・・・
そっち方向には自分の気持ちを向けないように心がけているんです。
ところで、今日も外回りで街を流していたんですが・・・少し外れに、お散歩コースにできそうな小規模の自然公園を見かけました・・・。
ポツリポツリと適度な間隔をあけて人々がいます・・・。ベンチで腰掛けてる恋人、バトミントンをする親子、レトリーバー系の賢そうな犬を散歩させている人・・・、みんな気持ち良さそうです!手をつないで仲むつまじく歩いている恋人・・・女性の方は、可愛らしい笑みを浮かべて歩いています。
幸せなんでしょうねぇ!ヨカッタですね!
僕のほうまでホノボノとしてきちゃいますねっ!
僕達夫婦の愛と青春の日々を思い出してしまいますよ・・・!よく、そんな感じでデートしたもんです。今はしませんが・・・。「俺についてこい!」って思っていた時代に自分の愚かさを自分に問い掛けることなど、ありもしませんでしたからね・・・
青春は素晴らしい!
今でも、そう感じますね!でも・・・そんな若年寄りみたいな事を言ってちゃダメです・・・僕もまだまだ若いし未熟者ですから、もっともっと青春しとかなくちゃいけませんよね!夢と希望と根性でね!
もちろん相棒は、むつかしい年頃の?うつ病を患う妻です!



2007/10/16

夜空を見上げて・・

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僕は星座とかあまり詳しくないくせに・・・?
星空が好きです。(娘に教える程度の星座ぐらいは把握してますが・・・)(笑)
夏のキャンプ地等で、満天の星空を見上げると圧倒されてしまいます。
美しいし、感動しますし、何か飲み込まれるような?気分になるんです。
今年の夏もそうだったんですが、僕が勝手に決め込んでいる・・
「夏の、家族の定例行事。野外キャンプ・・・」。そういう場所で見る星空は最高に美しく、自分を包み込んでくれるんですよね。


ところで・・
そういう場所で星空を見ると結構な短いタイミングで流れ星を見れますよね・・・。
神秘的です・・・。そして、自分の人生とかがものすごく小さな粒のように思えてくるのです。僕の場合は満点の星空に癒されたりする事なんて無いんですが、何かしら説明のつけようの無い「何か」を宇宙の彼方から、
こんなちっぽけな僕に教えてくれている・・・?

そういえば、子供の時にE・Tの映画を見たんですが・・
通路で座って観た時の(満席!)感動と興奮はかなり薄れているものの(・・・笑)、すばらしい夢を与えてくれた、いい映画でありました。今DVDを借りてきて観たとしても「古臭いなぁ~」と思うかもしれませんが・・・(笑)。
星空は素敵な感動と、不思議な興奮を与えてくれるように感じてなりません・・

最近は、妻のうつ病も平穏無事に(笑)経過してるもんですから数年前のように
うつむいて・・ため息。
夜空を見上げて・・ため息。
なんてゆう、苦し紛れの切ない気持ちは程ほどのレベルではあるんですが・・

夜空を見上げて・・・我にかえる・・・。
我にかえると・・・夜空を見上げたくなる・・・。
自分との対話も時に必要なんですね・・



2007/10/14

雑踏のやさしさ

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雑踏の素晴らしさ・・
雑踏はいろんな事を、ごまかしてくれますね・・

人はみんな一人で何役をも背負って生きている。
夫であり、男であり、父であり、妻であり、女であり、母であり・・・・・

そんな自分を、少しだけ自分から遠ざけてくれる。
雑踏はね・・・

演じ続ける自分を解き放ち・・
ただの・・名も無き通行人にしてくれる。

自分から遠ざかって、自分を眺めてみるならば・・

ちょっと・・癒されたりするような・・。

そしてまた
自分に戻りて生きてゆく。


心の引き潮

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段々と・・
心の上げ潮が引いてゆく感じの今日の、・・・
うつ病家族の、それぞれの胸の中。
別に・・
損得勘定でもって暮らしてるわけでもなくても、損をする事も人生には必要?なんて考えたりしつつ・・・うつ病っていう存在と同居しながら暮らしている中・・。
犠牲になりながら・・とか、
尽くしながら・・とか、
考える事自体が自分を見失っている証拠だなと考えた今日一日でありました・・・。

そんな気分でふと・・思い出した詩をひとつ・・・

生きる/谷川俊太郎

生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと惑るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと

生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ

生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと

生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたのてのぬくみ
いのちということ


2007/09/30

求めすぎぬ関係

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例えば・・夫婦共働きの場合・・
認めて貰える度数?について。
夫の場合~
職場での評価=自己達成感=家庭での評価=父親としての評価=自己満足感。
・・・ってな具合で、夫は一役を演じる事により・・
全ての自己評価が直結の上、満たされる。

妻の場合~
職場での評価=自己達成感。
しかしながら家庭での評価とは全く別物であり自己満足感に直結するものではない?
要するに、妻の場合・・職場での評価ってのは職業人としての単体の評価であり、家庭内においては「妻」と「母親」の二役の部分において、夫の場合のような「職業人としての評価」が重なる事なんて無いような・・・
そしてもっと単純に言うならば、仕事の出来る父親は家庭を支える大黒柱として威厳をも、持ち合わせられたとしても・・・
妻が職場で優秀だとしても、家庭内に帰ると「全く別の能力」を問われるであろう母親もしくは主婦業に対して取り組まねばならず、もしそれが疎かであれば「職業人としての評価すら打ち消されてしまう」。
そして・・「両立できぬのは仕事のせい」だと非難すら浴びる可能性も在りし。

とても・・大変でしょうね。(苦笑)・・女性はね。
結びつかない各ステージにおいて水準以上の実績をキープしとかなくちゃなりませんからね。>それこそ気苦労で、うつ病になっちゃいそうな・・・(笑)。
勿論、これは僕の短絡的な・・個人的観測であり万人にアテハマルようなものでは決してありませんが、この国の家庭像、夫婦像の平均的?な環境としては・・実情ではないのかなと感じたりしてますが・・・。
それでも頑張り続ける女性は世の中には多数居るわけでもあり、
ほとほと・・・
そんな女性の強さには、ある意味、敬服の感すら覚えてしまいますが、何かと高ストレスな、この時代・・・
誉める・認める・許し合う・・・そんな夫婦関係の大切な骨組みを揺るがす事なく、毎日をおくりたいものであります・・・。


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2007/09/26

愛と憎しみを超えて

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家族であったり、恋人であったり・・・
大切な人に対して、愛する事が犠牲になっていると感じるならば、
愛さない方がマシである。・・・っていう考え方が一つ、あるんですが。
何故かって言うと、犠牲。
すなわち耐えると言う観念を持ちながら人を愛するならば、その相手もまた・・・
「辛く哀しい」から。
当然、その犠牲を感じるレベルも様々であるんでしょうから一概に
「そんな事なら相手も辛い」とは言えないんですけどね・・・。
ただ・・・広い意味においては、苦しみながら愛されるという事は、
「あんまり幸せな事では無い」。のかもしれませんよね。だからって、うつ病家族の家族愛が常に無償の愛の上に成立するわけでもありませんけれど。
例えば、尽くす事を支える事として置き換えたならば・・・ブルンブルンに振り回されても、ののしられても、そんな愛情のポリシーを同居させ続けるって事は容易ではありませんからね。はっきり言って「憎む」という感情が生まれたとしても、僕個人的には理解できるような・・・。
人間ですから、憎しみのような感情を持ち合わせた状態で「患者」と「病魔」を区別して向き合う事は非常にコツと体力の要する気がしないでもありません。
しかしながら、敢えてそういう気持ちに侵されてしまいそうな時こそ・・・・
患者と共に、介護する家族側が「見えぬ成長」を遂げる時でもあり、その山場を越えて振り返った、その時・・・「見えてくる真実の愛」を掴み取ってゆく。
そしてそれは、かけがえの無い大きな家族愛へとつながりつつ・・
愛し愛される関係へと導かれてゆくような気がしてなりません・・・・・。


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2007/09/21

男らしさ

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男らしさってのは、一概に計る事なんて出来ませんよね。
大体・・・人それぞれ価値観ってのも違いますしね。
亭主関白で家族をグイグイ導いてゆく事も素晴らしいだろうし、結婚なんてしないで社会の中で自分の夢や信念を貫き通すような人生も勿論・・・
男らしいはずですから・・・。
適齢で結婚して家庭を支え、仕事もそれなりに続けながら・・・
なんて人生を考えてみたならば、多分・・・大概の人達は、それを男らしいなんて言う受け止め方はしないだろうなって思うんですよね・・・。


しかしながら・・・
自分みたいな男だって、一人の女性を愛し、支え・・・
そして子供達が自分の手から巣立ってゆく、その日までの柱的な存在である事をツマラナイ人生だなんて考えずに全うしてゆくこと・・・。
そんな平凡で地味な人生の土俵に立ち続けるって事は・・・
どれだけの努力と勇気と信念が必要かと、考えたならば・・・・
それはそれで、少しは男らしい生き方かもしれないなと思えてくるんです・・・・・。


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2007/09/19

出会えた奇跡

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公園で・・
道路脇で・・
路地裏で・・
花々が咲いています。
花々は、きっと・・・
人々の心の中をホッと幸せにしてくれてるような・・・

彼・彼女・恋人・友達・妻・夫・娘・息子・子供達・家族・兄弟・姉妹・親・両親・・・・
あの人にとって・・
この人にとって・・
大切な人は、「大切な人」。
それは・・・世界に一人。 大切な人。
多分、身近すぎて、その大切さを忘れがちではあるけれど・・・
紛れも無く、世界に一人。~大切な人~・・・・・

そんな事を忘れてしまいそうな時に、少しだけ思い起こしてみる「大切に想う気持ち」。
その・・・小さな気持ちが、とても大切なこと。
あなたの、大切な人は・・・   
世界にひとつだけの花。
大切にしないといけませんよね・・・・・。
この人と、あの人と・・・
「奇跡」にも近い偶然で出会ったんですからね。
恋人と出会えた奇跡。友と出会えた奇跡。妻と出会えた奇跡。
この星に生まれ、この国に生まれ・・生涯、出会える人の数なんて・・たかがしれた数。
ならば、目の前に存在している「大切な人」とめぐり合えたっていう奇跡に感動してみる事も煩雑な日々の暮らしの中には大切な事であるような・・・
そんな大切に想う気持ちを発見したならば・・・
生活を繰り返す為に一緒に居るのではなく、一緒に居るが為に生活しているんだなと気ずかないでもないような・・・
すると、うつ病がどうしたとか、正常な生活の支障がどうだとか、だから高確率で離婚がどうだこうだとか・・・
うつ病に自分が・・・家族が・・・「侵されてゆく」ことにはならないんだろうな・・・
だから・・・。
君に出会えて ありがとう。



2007/09/15

祈り・願い・・・心のpower

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君は最近、顔色が悪いね・・・
どこか悪いんじゃないのかい・・・・?
きっと・・悪いんだよ。
間違いないよ・・・。
ひょっとして、君は癌にかかってるんじゃないのかい?
すぐに医者に診てもらわないと「手遅れ」になるんじゃないかい?
でも・・医者はもし癌だとしても、本当の事を君に言わないだろうね・・・。
それにしても・・・君は最近、顔色が悪いね。ホント・・・。

毎日毎日・・・こんな事を言われたとしたならば、例え・・
昨日までピンピンしてた人も、おそらく・・・急激に弱り果てていくんでしょうね。
まさに暗示でもかけられたかのように・・・。
病は気から~なんてよく言ったもんではありますが、正にその通りでもあると思うんですよね・・・。僕も、毎日こんな事を聞かされたら、何日間その暗示に対して反抗できるか考えてみても、さほどの自信はありませんね(笑)。

ならば・・・逆に、ホントに病気を患ってる人間に対して・・・

君は最近顔色イイね・・・!
ひょっとして・・・
物凄く回復してきたんじゃないのかい・・・?
今度、医者に聞いてみろよ・・・
きっと、医者も僕と同じ考えだと思うよ!
あんなに・・・ひどい状態だったのに、
あの時の君の表情なんて・・
今と比べりゃ、まるで別人みたいだよ!

下手すりゃ(笑)・・・「誉め殺し」になりかねないとしても、毎日こんな励ましを与えられたならば・・・「気から病が回復する」って事もあるかもしれませんよね。

人間って・・・心で生きてると、僕は思ってますから・・・
「願い」や「イメージ」ってのは、それらを強く思えば思うほど・・・、実現する可能性もグングンと高まっていくような気がしないでもありません。
勿論・・・哀しいかな、そんな「願い」が届かぬ現実がある事だってあるでしょう。
でも、哀しみや現実の中でこそ・・・強く「祈り続けられる」能力を持ち合わせているのも人間のpowerでもあるはずと・・・
僕は医師でもなければカウンセラーでも無く、ただの平凡な男。そして、ただの平凡な夫。
過去を振り返っても、今も未来も・・うつ病という名の病魔に覆いかぶされた愛する妻が別人と化し家庭の中に狂った空気が流れ込んできたとしても・・・
その対抗となる僕の力というものは心。祈る・・・医師のように具体的に楽にしてやれる事なんて出来はしないけれども、きっと大丈夫。僕達がそばにいるから・・・
言葉にしてしまうと簡単すぎて素っ気ないものかもしれないんですが、夫として家族として出来る事、忘れてはならぬ事。「一番辛いのは患者」・・・
僕は「うつ病はよくなる」って事を強く思い続けてきましたし、これからもそうであろうと思います。それは「家族として、一体どうしていいのかわからない!」と、家族側が狂おしくなるような時には「祈り」にも近い想いで・・・そう信じてきましたが、そんな気持ちにふけるならば、ピンとした顔つきで「どうして、あんな事で苦しんでたんだろうね」なんて夫婦で笑える・・・必ずや到来するであろう日々が楽しみでありません・・・。



2007/09/09

人生を交換できたならば・・・

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もう・・・いやになってしまったなんて言う時は、
自分の人生を否定しながらも・・「もしも・・」出来る事ならば、成功してるように見えてしまう友人、知人、同僚、先輩、後輩、ライバル・・・そんな人達の人生と自分の人生をそっくりそのまま交換してしまえば・・・自分は絶対!うまくいくはずだ!
・・・なんて考える事もあるかもしれませんよね・・・。
ならば・・・
その「もしも・・・」を、もしも・・本当に実行できたとしたら・・・
憧れの「あの人物」の人生と「悔いる事しかできていない」自分の人生を交換する。

人生を交換する・・?
どんなもんなんでしょうね・・・?
その後の気分は・・・(笑)

憧れのまま・・・「あ~・・・幸せ!」なんてこと思えるんでしょうかね・・・?
有り得ませんよね・・。自分に他人の人生の代役が務まる訳・・・ありませんから。
他人の人生を生きるなんて、自分の人生を生きることの千倍ツライはずじゃないかなって思いますから・・・。
自分の人生は自分が主人公・・・。
いいないいなと・・・見えてしまう他人の人生は、その他人が主人公を演じる物語なんですからスライドしたとて辛いだけ・・・。
そんな風に考えてみれば、今・・いやだいやだと見間違えてる自分の人生が愛おしく感じてきたりするような・・・?
さらには・・・こんな人生でも、ここはひとつ見方を変えて・・
「あ~やっぱり、ココがいいや・・・!」なんて・・・
改めて・・その人生の中に自分の居場所を再確認する・・・。
すなわち、主人公なのに主人公らしくなかった自分に気付き・・・
再び主人公として輝きだす!
そして、辛さの中に人生があるのでは無く、
人生の中に・・辛さっていうスパイスが効いてるだけ。
そんな気持ちで、主人公らしく自分の人生と向き合うことが出来たなら・・・
自分の人生、もっと好きになれますよね・・・・・。

人生を悲観することは大切なこと。
何故なら・・・悲観しなくていいってことに気付くチャンスだから・・・。
死を望んでしまう気持ちだって否定はしない・・・。
何故なら・・・死を否定できる自分に出会えるチャンスだから・・・。
そういうチャンス・・・。
「全てをやめてしまわない・・」気持ちの後ろに、必ずカクレテル!



2007/09/07

おバカさん・・・

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このご時勢・・・
働き盛りの男性の長期病休の約6割が「うつ病」であるというから、あまりにも身近すぎる現象でもありような?・・・僕にとってはね・・。
その、働き盛りの男性っていうのは僕と同じように小中高生の父親達。・・・
当然・・・この僕も、同種の世代に分類されてしまうんでしょうからね・・、
その世代々の「悩み」に関しては・・非常に身近に感ずるところでもあります。
僕自身は一応「健常者」ではありますが妻は、うつ病ですしね、「うつ病家族」という括りの中ではある意味、親近感?を感じるところでもありますね。
ところで・・・
身近な存在であるにもかかわらず・・・、家族・・企業・・地域社会・・・と、
それぞれの単位の中で目をそらしてしまいがちな「心の病」。

みんな・・疲れてるんですよね。頑張り過ぎてね・・・。
頑張っても頑張っても、何も報われない・・・そんな虚脱感を背中にショッテ・・・
それでも頑張る。!
そして・・・「潰れる」。
それって、カッコ悪い・・・?
僕はそうは思いません・・・。カッコいいと・・・思うんです。
「カッコいい」がムズガユイ?表現であるならば・・・
頑張り過ぎてる「おバカさん」なんて呼ぶのもどうでしょうかね・・・(笑)
「カッコいい・・おバカさん」。
ゆっくり休んで、また頑張れば・・・それでいいから・・・。

煩雑で忙しすぎる日本も、週休3日制・・・なんて、将来的な動きもあるようでありますが、目先の暮らしに気持ちを煽られて・・ついつい忘れがちな大切な人とのコミニュケーション。
そして自分とのコミニュケーション・・・。
そういう「心の通い」を途切れささない為にもピンポイントで支える予防策っていうのは非常に大切な事であると思いますし・・・
数値を用いた机上の論理を有効化する為の原点・・・
それは、全て・・・
人のハートから生み出でる愛と勇気ではないかと感じるところであります。
いえ・・・決して大袈裟な意味では無く、ふと・・歩きながら道端で感じる「気持ち」。
ふと・・・想う「気持ち」は大きな愛と勇気の、さらなる原点でもあり・・・
「行動」を生み出す。
行動・・・。これまた大袈裟なものでは無く・・・
自分や家族を大切に想い「生きてゆく」ということ。
そこには立派な存在価値がある!
僕なんかは、妻のうつ病という現実に向き合えた頃からは、会社に尽くす事よりも何よりも、自分や家族に尽くし過ぎたが為に潰れてしまった妻への想いが僕の心の中ではっきりと確立しつつも・・・出世や地位や名声や男の人生がどうのこうのと考える事よりも今、守るべきものは何か?と鬱が移る?ような感じで悩み続けた平凡な夫でありますから・・・。
生きているという感動。愛しているという感動。そして出会えた事への感謝。
・・・そんな事ってビジネスの世界ではどうでもいいことなんですが、人として誇りある人生を送りたいと考えるならば、かなり重要な部分であると・・・
人生の方向転換ができたような気がするんですよね。
人が人である為の人への優しさ、気遣い・・・
それらは、学校社会にもビジネス社会にも家庭にも相通ずるもの。
そんな「気持ち」と「予防策」が紐付けされたうえで、遠巻きに・・・
人の心と命を救うことができたならばと思わずにはいられません・・・。
大切なものを大切に扱う・・大切な心を失わずにいたいものであります。


2007/09/05

道のり

メンタルヘルス・ウェブログ

旧ブログへのメールメッセージの中にこんな事を書いていただいた方がいらっしゃられました・・・季節は昨年の晩冬であり地域によっては春を感じはじめたかの頃合・・

「春ですね・・・、また・・・春を感じれる今に感謝している」
「そして・・・そんな春を感じれる自分を誉めてあげたい・・・。」
本文そのままの転記ではありませんが、内容的には・・このような気持ちを記されていらっしゃいました。
この方はいろいろと過去に御苦労をされていながらも、段々と病苦から開放されつつあるとのことでして・・・
さらに・・その暖かい春の気配が自分を優しく包んでくれているような気持ちになれているそうでありました。
ヨカッタですよね・・・。
僕も、春と言えば・・・ちょうど6年前なんていうのは、妻のうつ病発症の年でありましたからね・・・、その年以来は春を迎える度に何かこう複雑な感覚に見舞われているっていうのが家族の立場としての正直な気持ちであります。
自分達の卑屈感みたいなものを、どこかの部分で他人より優位にたってソレを補うことばかり考えていたような時期もありましたが、結局のところ・・・そういう考え方っていうのは他人との不幸の競い合いをしているようなものでありますから、そういう考え方をしてる時は・・春の訪れやら何かを微かに感じ取るなんて出来ず・・・
結局は自分の殻に閉じこもっているだけだったような・・・
自分を見失っているから・・・
うつ病とも向き合えずに妻の心ともハグレテしまってる・・・。
だから・・・僕も妻も、悩みの一人歩きをしてしまいがちでもありましたし、その存在を確立しているのは「うつ病」っていう存在だけ・・・。
まさに・・・やられっ放しデスネ(苦笑)。
だから・・・
春を感じれる今に感謝して、感じている自分を誉めてあげる。
そんな・・、メールの差出人の方の気持ちに、ナルホドと頷いてしまったんですよ・・・。
うつ病家族ってのは時に、家族をバラバラにしてしまう程のパワーを持った病魔と常に対等していますからね、自分を見失い・・相手を見失い・・家族から孤立し・・家族は一体、何をどうすればいいんだと落胆と途方に明け暮れる。そんな中・・家族全員、それぞれが心の視線をしっかりと定めて・・・
自分にも相手にも見つめ合い、そして見つめてもらえる愛を感じる・・。
そこに小さくとも大きな自分や家族への発見があり、まさにそれは小さくとも大きなステップとなりうる・・。
確かに・・・
うつ病という病魔と出会ってしまい病者として・・家族として・・過ごしてきたという道のりは間違いなく一本の道であり、過去の出来事を変える事なんて出来やしませんよね。
ただしかし・・、これから歩んでゆく「道」は一本ではありませんから・・
それても・・はぐれても・・、
しっかりと自分達を見つめながら歩んでゆきたいなと感じるのであります。


2007/09/04

合言葉は愛言葉

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もう・・・やめてしまおう
もう・・・あきらめてしまおう
もう・・・投げ出してしまおう
もう・・・ダメになりそう・・・・。

そんな時でも、どんな時でも、そうでない時でも・・・
うつ病患者を「支え守る」・・・一人の無力な人間の、心の中に「愛言葉」!

合言葉は・・・愛言葉!

愛言葉は、「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」。

人それぞれ・・・なんでもいいから、大切なあの人の・・・
あの一言が・・・、愛言葉!

僕の、愛言葉・・・。
今は、これ・・・!「おかえり」。

何故かって・・・?
それは、今年初めて聞いたから。
言われた事が嬉しいんじゃない・・・。
言えた事が・・・・・・・嬉しい。

だから・・・しばらくはコレが僕の愛言葉!

洗練された・・・いい言葉よりも、時に自分を優しくしてくれる・・・言葉。

そんな愛言葉を合言葉にして・・・
忘れてはいけないこと・・・
それは・・・
愛していること。愛されていること。



2007/08/31

普通の眼差し

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限りなく純粋
真面目
汚れを知らない
ちょっと言いすぎ・・・(笑)
おそらく精神病患者に対して、偏見を抱いている人々は実際に患者と触れ合うならば、今迄・・思い描いていた、そのイメージに違和感を感じるのではないかと思うんです。例えばのケースで、病院、施設の建設話が持ち上がった場合、全国見渡して大方の地域で反対多数の署名が始まり・・・
なんとかして自分達の安全な?町を守ろう?とする。
・・・のが実際のところでありましょうし、通学路等があるならば警備員を・・?
さらには、危害を及ぼした場合の対処策・・等の要望が飛び交いつつ・・、まさに自己の暮らしを脅かされるといった感のある群衆心理がうごめきますよね。
個人的には、わかるようで・・わからないような複雑な心境でありますが・・・。
家族という単位を越えて地域社会っていう尺度で考えたならば、これは非常に難しい問題でもあります。
僕も、これから機会があれば、こういった問題に学びの姿勢で向き合っていきたいなと感じるところではありますが・・・。
地域社会の中において、もはや40人に1人が何かしらの心の病を患う現実を踏まえたうえで、
一番最初に必要であり、逆に現在の不足している部分っていうのは・・そういった人々に対する「普通の眼差し」。
僕は・・こういう事が大切ではないかと感じるところであります。

「普通の眼差し」・・・。
かばい過ぎることなく、避けることも無く・・。
あくまでも普通に・・。
そして病者の人々の中の「ひとり」という受け止め方では無く、ひとりを「ひとり」として受け入れる・・・。
それは一番・・病者に優しい、なによりの支えではないのかと感じますね。
けれど・・・家族っていう単位の範囲内においても、「普通に・・・」っていうのは、なかなか難しいのと同様に、地域社会においても、そう簡単に一言で皆が同じ方向に向かうわけでも在らず・・・。逆に・・・「そりゃ、理想だけどな・・・」と、終わらせてしまいがちな問題にも思えてみたりと・・・。
だからと言って・・今迄のように遠巻きに敬遠し続けてゆくには、そろそろ限界にきているのではないかと・・。

人間関係の歪みが深くなってゆこうと考えられる昨今・・
やはり、今・・・忘れ去られかけた人の心の温もりを呼び戻す事に背を向けてはならないなと・・呟やいてみたのであります・・・・・。



2007/08/17

幸せさん

メンタルヘルス・ウェブログ

幸せはいつもきっと・・・存在してるはず。
たとえ今が・・・
不幸のどん底だ!ってゆう状況の中でも・・・
幸せって必ず存在してるんでしょうね。
要は、その存在に・・気付くか、気付かないだけの問題であってね・・・。
自分や、周りの人や環境を責めている時っていうのは、どうしたって不幸感ばかりに目を向けてしまいがち・・・。だから、ついつい幸せに対しては目をそらしがちなだけなんだろうなって思うんですよ・・。
・・・・・幸せさん。
ちゃんと反対側で、こっちに居ますよなんて笑顔で手を振ってくれてるのに・・・
そっちを向かない。向けれない・・・。
不幸感に対しては敏感に素直に反応するのに幸せに対しては・・・
とても反応が鈍くなる・・・?
でも・・ちゃんと居るんですよね、幸せさんってのは・・・。
ならば・・感じていたいですよね、出来るだけ(笑)。
?何故(笑)なのかと言うと・・僕もそういう時、多数ですから・・・(笑)!。
たまらなく憔悴しきって体が曲がる感じの失望感とか苛立ちに包まれた時っていうのは不幸にしか体と心が向いていませんしね・・・(笑)。
そういう時に・・・
「そんな事ないよ・・・ちゃんと幸せも存在してるのに君が気付いてないだけだよ」
なんて綺麗な事を聞いても、耳に入ってはきやしませんから・・(笑)。
しかも・・・小さな不幸は大きく拡大できるくせに小さな幸せは無意識に・・しまい込んでしまってるような?。
けれど・・・小さな小さな幸せを感じとれた時の、心の感触が、あっ・・・ちゃんと幸せさんは居るんだな・・・と、気付ける心の感性を作り出してくれるんでしょうから・・・。
だから、いつもいつも、どんな時も、自分で埋め込んでしまってる小さな幸せの存在を忘れずに大切にしながら・・・
幸せに対する感度をアップさせていかなくちゃなりません・・・。
そういう感度を上げる為には、僕達の場合は・・・
日常の小さな喜びや・・小さな感動を互いに見つけあうなんてゆうのも効果的であるんでしょうね。うつ病のケアにもイイはずです!(笑)


2007/08/16

自分の中の三人の自分

メンタルヘルス・ウェブログ

自分を傷つける・・もう一人の自分が三人。

屈指の理想主義者である自分。
この・・理想主義者の「自分」は、限りなく本当の自分を・・その理想に近ずけようと自分自身に対して、もっともっと・・・と、要求してくる。
そして、本当の自分は・・・
それに応じようと、自分を見失う事すら気が付かぬまま・・・
一向に、距離感の縮まらない・・・終わりの無い迷走をし続ける・・・。
時に・・・周りの人間すら、その迷走に巻き込みながら・・・。

自分の中の批評家。
この・・自分を批評してくれる「自分」は、迷惑な事に・・
勝手ながらに・・自分を厳しく評価してくれる。
君は間違っている・・・
君の足らないところはココだ・・・
君はノロマで駄目な人間だと・・・。
でも・・、この批評家さん・・・
自分の一部分しか観ることのできない・・・短絡的な批評家。
それでも、本当の自分は・・・
確かに、部分的には的を得た批評であるから・・
ついつい・・その批評を無視する事ができずに全心で受け止めてしまう。
それは錯覚である事に気ずかないまま・・・

自分の中の悲劇のヒロイン。
逆に・・・この「自分」は、本当の自分を常に許し・・・守ってくれる。
自分は被害者なんだよ・・・
運が悪いだけなんだよ・・・
もういいんだよ・・・君は一生懸命頑張ったんだから・・・
それは裏返すと・・・
本当の自分にピリオドを打たそうとしているだけ・・・。

こんな三人の・・・もう一人の「自分」。
本当の自分を傷つけ続ける・・・もう一人の「自分」。
そんな・・・「自分」を生み出し、育てているのも・・・
何を隠そう・・・実は、本当の自分。
三人の言う事を聞けば聞くほど、本当の自分は呑み込まれてゆき・・
傷は深まってゆくのに・・。
けれど・・・
その三人をコントロールできるのも・・・
何を隠そう・・・本当の自分。
そして・・・
コントロールできるって事に気がつきだした時・・・
自分を許し・・自分を大切にできる、本当の自分が見えてくる。

忘れてはいけないこと・・・
自分をコントロールするのは自分。
コントロールしだす瞬間は・・ひとつの大きな壁を打ち破る瞬間。

背中を押してやることも・・手を引いてやることも・・
その時だけは、グッとこらえて背中を向けていよう・・・・・。