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2009/02/14

縁を生かすというお話

メンタルヘルス・ウェブログ

以下、縁を生かすというお話です。
一見して印象の悪い生徒の担任となった、ある女性教諭。先入観で、その生徒を評価してしまいながらも、あるきっかけをもとに深い悲しみを背負って懸命に生きている少年の本当の姿と直面してしまう・・・。

人は決して一人では生きてゆけないものなのでしょうが、
と、同時に決して独りきりでもないということであり・・・
出会いの無い人生はなく、人は生きていく中で様々な人物と出会い、その出会いのひとつを縁と言うならば人生は人とのかかわりあいによって幸せにも不幸にもなるのだなと感じます。
「縁を生かす」
その先生が5年生の担任になったとき、一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。 中間記録に先生はその少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。
あるとき、少年の1年生からの記録が目に留まった。
「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。
間違いだ。ほかの子に違いない。先生はそう思った。

2年生になると、
「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。

3年生では
「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」

3年生の後半の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、

4年生になると
「父親は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子供に暴力をふるう」

先生の胸に激しい痛みが走った。ダメと決めつけていた子が突然、深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。先生にとって目を開かれた瞬間であった。

放課後先生は少年に声をかけた。
「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?わからないところは教えてあげるから」

少年は初めて笑顔を見せた。
それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。
授業で少年が初めて手を上げた時、先生に大きな喜びが沸き起こった。
少年は自信を持ち始めていた。

クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押し付けてきた。
あとで開けてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。
「ああ、お母さんの匂い!今日はすてきなクリスマスだ」

6年生では先生は少年の担任ではなくなった。
卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。
「先生は僕のお母さんのようです。そして、いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」

それから6年。またカードが届いた。
「明日は高校の卒業式です。僕は5年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することことができます」

十年を経て、またカードがきた。そこには先生と出会えたことへの感謝と、父親に叩かれた体験があるからこそ患者の痛みがわかる医者になれると記され、こう締めくくられていた。
「僕はよく5年生の時の先生を思い出します。あのまま駄目になってしまう僕を救ってくださった先生を、神様のように感じます。大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、5年生の時に担任してくださった先生です」
そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。
「母の席に座ってください」と一行、書き添えられていた。




2008/04/08

人生に疲れた人へ その弐・動画、文章版

メンタルヘルス・ウェブログ

人生に疲れた人へ・・・文章版と共に動画、その弐です。

かとー先生から
生きることに疲れた貴方へ
自分を守るために迎合する。
あるいは人に優越しようとする。
優越できないと自暴自棄になる。
努力しなくなる。
真面目なのだけれども、
「実際の自分」以上のことをしようとするから
結局は実りのない人生になる。
『言いたいことが言えない人』
幸せを感じられるかどうかは、とりまく状況よりも、
心にそれを感じる能力があるかどうかである。
『自分のうけ入れ方』
生きることに疲れた人は、
あまりにも長い間ストレスに耐えて頑張っているうちに、
喜びも楽しみも誇りも感じられなくなってしまった。
『心の休ませ方』
嫌われたくないということで、
なんと多くのものを失っているだろうか?
私たちは日々支払っている代価の
高さに気づいていない。
『だれにでもいい顔をしてしまう人』
心理的に健康な人は
「過去を嘆いても変わらない」と言う。
「今を生きよ」と言う。
心理的に健康な人は今が幸せだから、
過去から抜け出せる。
心理的に病んでいる人は今が不幸だから、
過去からどうしても抜け出せない。
その違いを考えないで、
過去にこだわる人を責めるのは酷である。
愛に恵まれた人が、
愛に恵まれない人を裁くことが許されるだろうか?
『心の休ませ方』
幸福も不幸も複利で増えていく。
いったん不幸になると、
坂道を転がるようにどんどん不幸になっていく。
『言いたいことが言えない人』
人生を不幸というラインからスタートする人は、
まずその「事の重大さ」を受け入れることである。
事の大きさに気がついていないと、
「努力すれば何とかなる」とか、
「頑張れば人生が開ける」とか、
甘えた人生観になり、すぐ躓く。
『自分のうけいれ方』
現在の学問から証明すれば、
抑制型の脳を持った者が、
愛のない環境で成長したら、
絶対に幸せになれない。
生まれてから死ぬまで間違いなく、
ずーっと不幸である。
しかし「それでもなお、
幸せになる決断」をしなければならない。
淋しい決断である。
孤独を超えた孤独な決断である。
『心のやすませ方』
「決断する」とは「捨てる」ということ。
「あの人とは、うまくいかなくなってもいい」と覚悟する。
その「捨てる」覚悟がなければ決断はできない。
『誰にでもいい顔をしてしまう人』
最後まで有難うございました




人生に疲れた人へ・動画、文章版

メンタルヘルス・ウェブログ

人生に疲れた人へというタイトルの動画を、文章版と共に拾ってみました。

生きることに疲れた人は、
真面目な人である。
努力してきた人である。
努力している時に、
まさか自分がこのようになってしまうとは、
予想もしなかった。
自分の努力は、
いつか報われると思っていた。
皆から賞賛されると思っていた。
まさか自分の人生が、
こんな形で行き詰るとは予想していなかった。
でも、いま、生きることに疲れて、
何もする気にならない。
幼児の頃から献身を求められた人が、
どうして大人になっても
エネルギッシュでいられようか?
そんなことは無理に決まっている。
せっかく生まれてきたのに、
屈辱感を味わうだけで一生を終える人は多い
周囲にとって都合のよいときのみ、
「良い子」として受け入れられた
人生の初期において
周囲の自分に対する期待を
かなえることばかりにエネルギーをつかい、
生きることに消耗してしまった。
高齢者と若者とが
男と女とが
文化の違う国に属している人が、
相互に理解しあうのは難しい。
しかしそれよりも
はるかに難しいのが、
心理的に成長した人と、
それができなかった人とが、
相互に理解しあうことである。
よくいじめられた子供に
「言い返せばいいじゃないか」
と言う人がいるが、
それは言い返したときの恐怖を
体験していない人が言う
虚言である。
そもそも権威主義的家庭に育てば
「言い返す」などという文化は無い
いつも気持ちは萎縮している。
いつも怯えている。
「丸太小屋から大統領へ」という
サクセスストーリーが好んで語られる。
外側だけ見る人には感動的であろうが、
それは奇跡でも驚嘆でもない。
丸太小屋に生まれても
「母なるもの」を与えられていれば、
生きることは楽しいことだからである。
愛されない子供として宮殿に
生まれるよりもはるかに幸せである。
いや、これは比較できない。
あまりにも違いが大きすぎる。
「丸太小屋」が天国だとすれば、
「宮殿」は地獄である。
しかし人々は「丸太小屋」を誉める。
こちらのタイプを賞賛する。
眼に見えるからである。
人生の不公平とは、
この不公平である。
無視されて育ったり、感謝を要求されて
育った人が、真の自分を発展させ、
素直に成長していくことは
至難のわざである。
人生に疲れた人は、自分が生まれ育った環境を考えれば、
「自分はすごい」と思っていいのである。
事実すごい。誰にも助けてもらえないで、
独りでここまで生きてきた。
だれがここまでできるか。
不幸を受け入れる気になると何をしたら
最も良いか突然見えてくる。
「私の人生は辛い」と認めることである。
「なんで私だけ」と不満になれば、
より辛い人生になる。
人生が一度しかないと思ったら、
自分を無理に欺いて、人に迎合するだろうか。
もし本気でそう思ったら生き方が変わってくる。
人生は一度しかない。
本当に一回なんだよ。



2008/01/16

阪神・淡路大震災から13年

メンタルヘルス・ウェブログ/ posted by レオン

阪神・淡路大震災
1995年(平成7年)1月17日午前5時46分52秒発生。
死者 : 6,434名 行方不明者 : 3名 負傷者 : 43,792名
避難人数 : 30万名以上
住家被害 : 全壊104,906棟、半壊144,274棟、全半壊合計約25万棟(約46万世帯)、一部損壊390,506棟
火災被害 : 住家全焼6,148棟、全焼損(非住家・住家共)合計7,483棟、罹災世帯9,017世帯
その他被害 : 道路10,069箇所、橋梁320箇所、河川430箇所、崖崩れ378箇所
被害総額 : 10兆円規模


他、詳細データ阪神・淡路大震災関連情報データベ ース




以下、被災者の方の掲示板投稿より~

☆ >当時神戸の大学に通ってて学校近くの二階建ての木造アパートの一階に住んでた。
ちょうどセンター試験で大学が休みで研究室にも行けなかったので前の日まで彼女(OLだった)とスキーに行ってた。
で、アパートに帰ってきて彼女の家まで送っていこうと思ったら。

「疲れたし、泊まっていく」と言いだしたのでそのまま二人で並んで寝てた。
そしたら何がなんだかわからないうちに天井が崩れ落ちてきて生き埋めになった。
身動きはとれなかったが手を伸ばしたら彼女の手があって、彼女の手を握って「地震みたいやね」「きっと助かるよ」って話をしていた。
「助かったら何が食べたい」とか「助かったらどこに行きたい」とか話してて最後には「助かったら結婚しよう」って話になってた。
ところが何時間経ったかわからないけど彼女が突如苦しみだして力が抜けていくのがわかった。俺は何も出来ずに叫ぶだけだった。
でも、彼女の苦しんでる時間はそう長くなかったと思う。
だんだん冷たくなっていく手を握りながらずっと叫んでたと思う。
そこから後のことは全然覚えてないんだけど夕方6時くらいに助け出されたらしい。

あの日彼女を家に帰していればいまごろはどうなってただろう、と思うと鬱になる。
もしかしたら結婚してたかもしれないが、恐らく普通に別れて忘れてしまってるかもしれない。
でも、彼女は今も元気に生きているんだろうなと思う。子供もいて幸せに暮らしてるかもしれない。



☆ >2年前旅行先での駐屯地祭で例によって変な団体が来て私はやーな気分。
その集団に向かって一人の女子高生とおぼしき少女が向かっていく。
少女「あんたら地元の人間か?」
団体「私達は全国から集まった市民団体で・・・云々」
少女「で、何しにきたんや?」
団体「憲法違反である自衛隊賛美につながる・・・云々」
少女「私は神戸の人間や。はるばる電車のって何しにここまで来たかわかるか?」
団体「・・・・?」
少女「地震で埋もれた家族を助けてくれたのはここの部隊の人や。
寒い中ご飯作ってくれて、風呂も沸かしてくれて
夜は夜で槍持ってパトロールしてくれたのもここの部隊の人や。
私は、その人たちにお礼を言いに来たんや。
あんたらにわかるか?
消防車が来ても通り過ぎるだけの絶望感が。
でもここの人らは歩いて来てくれはったんや・・・・」
最初、怒鳴り散らすように話し始めた少女は次第に涙声に変わっていった。
あまりにも印象的だったのではっきり覚えている。
団体は撤退。
彼女が門をくぐった時に守衛さんが彼女に社交辞令の軽い敬礼ではなく直立不動のまま敬礼していた。



2008/01/13

「年上の彼女」 より

メンタルヘルス・ウェブログ

年上だった彼女は今では僕の方が年上です
・・・という最後の一言が深い意味をもちます。
以下、掲示板よりクリップ。


「年上の彼女」 
163 名前:ボヘミアン投稿日:01/12/04 12:15 ID:Y/butMt8
少し長編になるかもしれませんが
最近気持ちの整理もできたので書いてみます。

今から6年前の話です。
僕がまだ10代で、あまり携帯電話は普及してなくて、
ポケベル全盛期の時代のことです。

僕はその頃高校を出て働いていたんですけど、2つ年上の女性と付き合っていました。お互いの親にも会ったりして僕は結婚する事を信じて疑いませんでした。

毎朝ポケベルに「オハヨウ」とか「ガンバッテネ」みたいなメッセージのやりとりをしていたのですが、ある日僕がメッセージを送るのがめんどくさくて送らない日があって、彼女からもメッセージは送られてきませんでした。ちょうどその日は給料日で、僕は今日は彼女にメシでもおごろうと、どこに行こうか考えていました。仕事が1段落つき、昼休みに入り食事に行こうとした時に僕宛の電話がなりました。
その電話は彼女の交通事故を告げる電話でした。




164 名前:ボヘミアン投稿日:01/12/04 12:22 ID:Y/butMt8
僕はその電話を置いた後、しばらく何のことかわからなかったんですが、「今意識不明だ」という言葉に体中
汗ばんだのを覚えています。

すぐに無理やり会社を早退し、彼女が運ばれた病院へ
向かいました。

電車の中で「実はたいした事ないんちゃうかな?」とか
自分に都合のいい方にしか考えたくなかったんですが、
「もしかしたら・・・」って考えると、周りに人がいるのにボロボロと涙が出てきて、すごくさみしい気持ちが溢れてきました。

僕が病院に着く頃には、意識が戻っている事を祈りながら病院まで走っていきました。彼女の家族に出会い、容態を聞いてみると、彼女は集中治療室に入っているという事を聞いて事態の深刻さを悟りました。

外傷はほとんどなく、脳にショックを受けたらしくまだ意識は戻っていませんでした。

僕はとりあえず会社に彼女の意識が戻るまで休む事を電話で伝えて、病室の前で意識が戻るのを待つ事にしました。その日は病院のソファーで、ほとんど眠れずに夜を明かしました。

目の前のストーブで背中は寒かったのに、顔だけがすごく火照っていました。

165 名前:ボヘミアン投稿日:01/12/04 12:28 ID:Y/butMt8
結局その日は意識が戻る事なく、次の日の朝1番で着替えなどを家にとりに帰りました。

病院に帰ってみると明日手術ができるかどうかがわかるだろうという、医者からの話があったそうです。

そして5分だけ面会時間がもらえるとの事で、僕は会いたいような会いたくないような、複雑な気持ちでしたが、給食当番の時の様な服を着て彼女に会いに部屋にはいりました。

部屋の中は訳のわからない機械がいっぱいで、その中のベッドの一つに彼女が寝ていました。まるで眠っているだけの様な顔で、名前を呼べば今すぐにでも起き上がってきそうでした。

手を握ると腕のあたりに、点滴などの管が何本も刺されていて、容態の悪さを物語っているようでした。それと、唇が妙にカラカラになっているのが気になりました。

5分間というのは短いもので、何か話しかけようとしたのですが、なんとなく周りの目が恥ずかしくて言葉らしい言葉をかけれませんでした。



166 名前:ボヘミアン投稿日:01/12/04 12:41 ID:Y/butMt8  
その日は少し気分も落ち着いて、なぜか「絶対大丈夫!」という根拠のない自信でいっぱいでした。

それからは彼女の意識が戻ってからの事ばかり考えるようになり、頭の手術するんやったら髪の毛剃らなあかんから、帽子がいるし買いに行こう!と看病の事を考えて買い物に行く事にしました。

この時僕は目を覚ました彼女を喜ばせる事だけを考えていました。さっそく帽子を探しに行き、キャップは似合わんし、ニット帽だとチクチクするからという事で、綿で出来た帽子を探して買いました。

買い物が済んで帰ろうとした時に街中を歩く女の子を見てると、なんか自分が現実から少しズレた場所にいるような気がして妙な不安を感じました。

その不安からか彼女の意識が戻ったら正式にプロポーズしようと安物ですが指輪まで買って帰りました。

その日も結局容態に変化はなく過ぎていきました。

167 名前:ボヘミアン投稿日:01/12/04 12:50 ID:Y/butMt8
次の日のお昼前、彼女の父親だけが医者に呼ばれて病状の説明を受けるとの事だったのですが、無理を言って僕も同席させてもらいました。どうしても自分の耳で医者から聞きたかったんです。多分あれほど緊張した事は今までになかったと思います。

医者の部屋に入って、医者の顔色を見てみると、どっちともとれない無表情な顔をしていました。

医者が口を開いて、簡単な挨拶が終った後喋り出したのですが、病状はよくなるどころか病院に運ばれた時点ですでに手遅れでした。

僕はこれを聞いて頭がグラグラして椅子から落ちないようにする事しか考えれませんでした。

どうやら今治療をしている様に見えるのは、家族に心の準備をさせる為に無理やり心臓を動かして、体だけ生かして少しずつ悪い方向へ持っていくというものでした。

僕は部屋を出て彼女の父親に、家族にはまだ言わないで欲しいと言われ、泣き出しそうなのをこらえて、
母親に話かけられても「用事が出来た」とだけ言い残して、誰もいない場所まで走りました。

街中であれだけ涙を流して大声で泣いたのは初めてでした。


168 名前:ボヘミアン投稿日:01/12/04 13:01 ID:Y/butMt8
それからちょうど涙が枯れた頃、病院へ戻りできるだけ普通に振舞いました。

その夜、彼女の父親と銭湯へ出かけました。
二人ともほとんど無言で風呂に入り、話す事といっても関係ないどうしようもない会話ばかりでした。僕は彼女の父親にはどうしても聞いておきたい事がありました。

僕が彼女と結婚するって言ったら許してくれるかどうかでした。今考えると絶対に聞くべきではない時に聞いたような気がします。病院に戻る前に父親を呼び止めてストレートには聞けなかったのですが、買ってきた指輪を彼女の指につけてもいいか?と聞きました。

彼は黙ってうなずくだけでした。
その夜は眠る事ができなくて、家族と顔をあわせると泣いてしまいそうで外で一人で過ごしました。


次の日、また5分だけ面会できるということだったので、もう1度彼女の顔を見に行きました。

彼女の顔は相変わらず眠っているようで、もう目を覚まさない事がウソのようでした。

僕は彼女の左手にこっそりと指輪とつけました。
もう何の意味もないのはわかっていましたが、少しでも彼女に近づきたいという気持ちでいっぱいでした。
みんなが部屋を出た後、
僕は忘れ物をしたそぶりをして、ベッドの側に戻り、
彼女のカラカラの唇にキスをしました。

170 名前:ボヘミアン投稿日:01/12/04 13:15 ID:Y/butMt8
それからしばらく経ち、彼女は一般病棟の個室に移ることになりました。医者が言うにはもう長くないので、少しでも家族が長く一緒に入れるようにとの配慮だそうです。

僕は1日のほとんどをその部屋ですごすようになりました。何もする事もなかったのですが、話かけると声が届いてるような気がして、耳元で歌を歌ったり、話し掛けたりしていました。

そして夜が明けて昼すぎになると、医者と看護婦が入ってきて、みんなを呼んでくださいみたいになって、みんなが見守る中、心拍数を表示しているピッピッってなる機械に異変が見られるようになりました。

最後まで僕に片方の手を握らせてくれた
彼女の家族に感謝しています。
それから1時間ほど経った後、
そのまま静かに心臓が停止しました。


僕も含め部屋にいる人みんなの泣き声だけが聞こえてきて、覚悟はしていたものの、本当にこうなった事が信じられなかったのですが、医者の何時何分とかっていう声に現実に引き戻されました。

そして部屋にいる全員が驚く事が起こりました。
僕が握っていた彼女の手がものすごい力で僕の手を握り返してきたのです。

僕は本当に驚いて多分変な声を出していたと思います。しばらくして彼女の手からスーっと力が抜けていきました。

僕は涙はふっとんで、全員にその事を伝えました。
すると彼女の母親が、「きっと、一生懸命看病してくれたから「ありがとう」って言ってるんやで」って言ってくれました。

冷静に考えると死後硬直だったのでしょうけども、その彼女の母親の一言で僕は今まで道を間違わずにこれたと思います。

年上だった彼女は今では僕の方が年上です。


2007/12/25

聖夜を巡るせつない物語。O・ヘンリ~賢者の贈り物

メンタルヘルス・ウェブログ

貧しい夫婦がお互いに贈り物を考えるが、妻は自慢の長い髪を売り夫に金時計の鎖を買いますが、夫はその時計を売り愛する妻の為にべっ甲のクシを買う・・・。
愛する家族に向けた聖夜の「特別な気持ち」


賢者の贈り物
The Gift of the Magi
オー・ヘンリー作
結城浩訳

1ドル87セント。それで全部。しかもそのうち60セントは小銭でした。小銭は一回の買い物につき一枚か二枚づつ浮かせたものです。乾物屋や八百屋や肉屋に無理矢理まけさせたので、しまいに、こんなに値切るなんてという無言の非難で頬が赤くなるほどでした。デラは三回数えてみました。でもやっぱり1ドル87セント。明日はクリスマスだというのに。

これでは、まったくのところ、粗末な小椅子に突っ伏して泣くしかありません。ですからデラはそうしました。そうしているうちに、人生というものは、わあわあ泣くのと、しくしく泣くのと、微笑みとでできており、しかも、わあわあ泣くのが大部分を占めていると思うようになりました。

この家の主婦が第一段階から第二段階へと少しづつ移行している間に、家の様子を見ておきましょう。ここは週8ドルの家具付きアパートです。全く筆舌に尽くしがたいというわけではないけれど、浮浪者一掃部隊に気をつけるためにアパートという名前をつけたに違いありません。

階下には郵便受けがありましたが手紙が入る様子はなく、呼び鈴はありましたが人間の指では鳴らせそうもありません。その上には「ミスター・ジェームズ・ディリンガム・ヤング」という名前が書かれた名刺が貼ってありました。

その「ディリンガム」の文字は、その名の持ち主に週30ドルの収入があった繁栄の時代にはそよ風にはためいてきました。でもいまや収入は20ドルに減ってしまい、文字たちはもっと慎ましく謙遜な「D」一文字に押し縮めようかと真剣に考えているようでした。しかし、ジェームズ・ディリンガム・ヤング氏が家に帰って二階のアパートに着くと、すでにデラとしてご紹介済みのジェームズ・ディリンガム・ヤング夫人が、「ジム」と呼びながら、いつでもぎゅうっと夫を抱きしめるのでした。これはたいへん結構なことですね。

デラは泣くのをやめ、頬に白粉をはたくのに意識を集中させました。デラは窓辺に立ち、灰色の裏庭にある灰色の塀の上を灰色の猫が歩いているのを物憂げに見ました。明日はクリスマスだというのに、ジムに贈り物を買うお金が1ドル87セントしかありません。何月も何月もコツコツとためてきたのに、これがその結果なのです。週20ドルでは、大したことはできません。支出はデラが計算した以上にありました。支出というものはいつだってそういうものでした。ジムへの贈り物を買うのに1ドル87セントしかないなんて。大切なジムなのに。デラは、ジムのために何かすばらしいものをあげようと、長い間計画していたのです。何か、すてきで、めったにないもの ―― ジムの所有物となる栄誉を受けるに少しでも値する何かを。

その部屋の窓と窓の間には姿見の鏡が掛けられていました。たぶんあなたも8ドルの安アパートで見たことのあるような姿見でした。たいそう細身で機敏な人だけが、縦に細長い列に映る自分をすばやく見てとって、全身像を非常に正確に把握することができるのでしょう。デラはすらっとしていたので、その技術を会得しておりました。

急にデラは窓からくるりと身をひるがえし、その鏡の前に立ちました。デラの目はきらきらと輝いていましたが、顔は20秒の間、色を失っていたのでした。デラは手早く髪を下ろし、その長さいっぱいまで垂らしました。

さて、ジェームズ・ディリンガム・ヤング家には、誇るべき二つのものがありました。一つはジムの金時計です。かつてはジムの父、そしてその前にはジムの祖父が持っていたという金時計。もう一つはデラの髪でした。シバの女王が通風縦孔の向こう側のアパートに住んでいたとしましょう。ある日、デラが窓の外にぬれた髪を垂らして乾かそうとしたら、それだけで、女王様の宝石や宝物は色あせてしまったことでしょう。また、ソロモン王がビルの管理人をやっていて、宝物は地下室に山積みしていたとしましょう。ジムが通りがかりに時計を出すたび、王様はうらやましさのあまり、ひげをかきむしったことでしょう。

さて、そのデラの美しい髪は褐色の小さな滝のようにさざなみをうち、輝きながら彼女のまわりを流れ落ちていきました。髪はデラの膝のあたりまで届き、まるで長い衣のようでした。やがてデラは神経質そうにまた手早く髪をまとめあげました。ためらいながら1分間じっと立っていました。が、そのうちに涙が一粒、二粒、すりきれた赤いカーペットに落ちました。

デラは褐色の古いジャケットを羽織り、褐色の古い帽子をかぶりました。スカートをはためかせ、目にはまだ涙を光らせて、ドアの外に出ると、表通りへ続く階段を降りていきました。

デラが立ち止まったところの看板には、「マダム・ソフロニー。ヘア用品なら何でも。」と書いてありました。デラは階段を一つかけのぼり、胸をどきどきさせながらも気持ちを落ち着けました。女主人は大柄で、色は白すぎ、冷ややかで、とうてい「ソフロニー」という名前のようには見えませんでした。

「髪を買ってくださいますか」とデラは尋ねました。

「買うさ」と女主人は言いました。「帽子を取って見せなさいよ」

褐色の滝がさざなみのようにこぼれ落ちました。

「20ドル」手馴れた手つきで髪を持ち上げて女主人は言いました。

「すぐにください」とデラは言いました。

ああ、それから、薔薇のような翼に乗って2時間が過ぎていきました。 …なんて、使い古された比喩は忘れてください。デラはジムへの贈り物を探してお店を巡っておりました。

そしてとうとうデラは見つけたのです。それは確かにジムのため、ジムのためだけに作られたものでした。それほどすばらしいものはどの店にもありませんでした。デラは全部の店をひっくり返さんばかりに見たのですから。それはプラチナの時計鎖で、デザインはシンプルで上品でした。ごてごてした飾りではなく、素材のみがその価値を主張していたのです ―― すべてのよきものがそうあるべきなのですが。その鎖は彼の時計につけるのにふさわしいとまで言えるものでした。その鎖を見たとたん、これはジムのものだ、とデラにはわかりました。この鎖はジムに似ていました。寡黙だが、価値がある ―― この表現は鎖とジムの両者に当てはまりました。その鎖には21ドルかかり、デラは87セントをもって家に急いで帰りました。この鎖を時計につければ、どんな人の前でもちゃんと時間を気にすることができるようになるでしょう。時計はすばらしかったのですが、鎖の代わりに古い皮紐をつけていたため、ジムはこそこそと見るときもあったのです。

デラが家に着いたとき、興奮はやや醒め、分別と理性が頭をもたげてきました。ヘアアイロンを取り出し、ガスを着けると、愛に気前の良さを加えて生じた被害の跡を修繕する作業にかかりました。そういうのはいつも大変な仕事なのですよ、ねえあなた ―― とてつもなく大きな仕事なのですよ。

40分のうちに、デラの髪は小さく集まったカールで覆われました。髪型のせいで、まるで、ずる休みした学童みたいに見えました。デラは、鏡にうつる自分の姿を、長い間、注意深く、ためつすがめつ見つめました。

「わたしのことを殺しはしないだろうけれど」とデラは独り言をいいました。「ジムはわたしのことを見るなり、コニーアイランドのコーラスガールみたいだって言うわ。でもわたしに何ができるの ―― ああ、ほんとうに1ドル87セントで何ができるっていうの?」

7時にはコーヒーの用意ができ、フライパンはストーブの上にのり、チョップを焼く準備ができました。

ジムは決して遅れることはありませんでした。デラは時計の鎖を手の中で二重に巻き、彼がいつも入ってくるドアの近くのテーブルの隅に座りました。やがて、ジムがはじめの階段を上ってくる足音が聞こえると、デラは一瞬顔が青ざめました。デラは毎日のちょっとしたことでも小さな祈りを静かに唱える習慣がありましたが、このときは「神さま。どうかジムがわたしのことを今でもかわいいと思ってくれますように」とささやきました。

ドアが開き、ジムが入り、ドアを閉めました。ジムはやせていて、生真面目な顔つきをしていました。かわいそうに、まだ22歳なのに ―― 彼は家庭を背負っているのです。新しいオーバーも必要だし、手袋もしていませんでした。

ジムは、ドアの内で立ち止まりました。うずらの匂いにじっとしている猟犬と同じように、そのまま動きませんでした。ジムの目はデラに釘付けでした。そしてその目には読み取ることのできない感情が込められていて、デラは恐くなってしまいました。それは憤怒ではなく、驚嘆でもなく、拒否でもなく、恐怖でもなく、デラが心していたどんな感情でもありませんでした。ジムは顔にその奇妙な表情を浮かべながら、ただ、じっとデラを見つめていたのです。

デラはテーブルを回ってジムの方へ歩み寄りました。

「ジム、ねえ、あなた」デラは声をあげました。「そんな顔して見ないで。髪の毛は切って、売っちゃったの。だって、あなたにプレゼント一つあげずにクリスマスを過ごすなんて絶対できないんだもの。髪はまた伸びるわ ―― 気にしない、でしょ? こうしなきゃ駄目だったの。ほら、わたしの髪ってすごく早く伸びるし。『メリー・クリスマス』って言ってよ、ジム。そして楽しく過ごしましょ。どんなに素敵な ―― 綺麗で素敵なプレゼントをあなたに用意したか、当てられないわよ」

「髪を切ったって?」とジムは苦労しつつ尋ねました。まるで、懸命に頭を働かせても明白な事実にたどり着けないようなありさまでした。

「切って、売っちゃったの」とデラは言いました。「それでも、わたしのこと、変わらずに好きでいてくれるわよね。髪がなくても、わたしはわたし、よね?」

ジムは部屋をさがしものでもするかのように見まわしました。

「髪がなくなっちゃったって?」ジムは何だか馬鹿になったように言いました。

「探さなくてもいいのよ」とデラは言いました。「売っちゃったの。だから、―― 売っちゃったからなくなったのよ。ねえ、クリスマスイブでしょ。優しくして。髪がなくなったのは、あなたのためなのよ。たぶん、わたしの髪の毛の一本一本まで神様には数えられているでしょうね」デラは急に真面目になり、優しく続けました。「でも、わたしがあなたをどれだけ愛しているかは、誰にもはかることはできないわ。チョップをかけてもいい、ジム?」

ジムはぼうっとした状態からはっと戻り、デラを抱きしめました。さて、それではここで10秒間、趣を変えたささやかな事柄について控え目に吟味をしてみましょう。週8ドルと年100万ドル ―― その違いは何でしょうか。数学者や知恵者に尋ねたら、誤った答えが返って来るでしょう。東方の賢者は高価な贈り物を持ってきましたが、その中に答えはありませんでした。何だか暗いことを申しましたが、ここで述べた言明は、後にはっきりと光り輝くことになるのです。

ジムはオーバーのポケットから包みを取り出すと、テーブルに投げ出しました。

「ねえデラ、僕のことを勘違いしないで。髪型とか肌剃とかシャンプーとか、そんなもので僕のかわいい女の子を嫌いになったりするもんか。でも、その包みを開けたら、はじめのうちしばらく、どうして僕があんな風だったかわかると思うよ」

白い指がすばやく紐をちぎり紙を破りました。そして歓喜の叫びが上がり、それから、ああ、ヒステリックな涙と嘆きへと女性らしくすぐさま変わっていったのです。いそいで、そのアパートの主人が必死になって慰めなければなりませんでした。

包みの中には櫛(くし)が入っていたのです ―― セットになった櫛で、横と後ろに刺すようになっているものでした。その櫛のセットは、デラがブロードウェイのお店の窓で、長い間あがめんばかりに思っていたものでした。美しい櫛、ピュアな亀甲でできていて、宝石で縁取りがしてあって ―― 売ってなくなった美しい髪にぴったりでした。その櫛が高価だということをデラは知っていました。ですから、心のうちでは、その櫛がただもう欲しくて欲しくてたまらなかったのですけれど、実際に手に入るなんていう望みはちっとも抱いていなかったのです。そして、いま、この櫛が自分のものになったのです。けれども、この髪飾りによって飾られるべき髪の方がすでになくなっていたのでした。

しかし、デラは櫛を胸に抱きました。そしてやっとの思いで涙で濡れた目をあげ、微笑んでこう言うことができました。「わたしの髪はね、とっても早く伸びるのよ、ジム!」

そしてデラは火で焼かれた小猫のようにジャンプして声をあげました。「きゃっ、そうだ!」

自分がもらう美しい贈り物をジムはまだ見ていないのです。デラは手のひらに贈り物を乗せ、ジムに思いを込めて差し出しました。貴金属の鈍い光は、デラの輝くばかりの熱心な気持ちを反射しているかのようでした。

「ねえ素敵じゃない? 町中を探して見つけたのよ。あなたの時計にこの鎖をつけたら、一日に百回でも時間を調べたくなるわよ。時計、貸してよ。この鎖をつけたらどんな風になるか見たいの」

デラのこの言葉には従わず、ジムは椅子にどさりと腰を下ろし、両手を首の後ろに組んでにっこりと微笑みました。

「ねえデラ。僕達のクリスマスプレゼントは、しばらくの間、どこかにしまっておくことにしようよ。いますぐ使うには上等すぎるよ。櫛を買うお金を作るために、僕は時計を売っちゃったのさ。さあ、チョップを火にかけてくれよ」

東方の賢者は、ご存知のように、賢い人たちでした ―― すばらしく賢い人たちだったんです ―― 飼葉桶の中にいる御子に贈り物を運んできたのです。東方の賢者がクリスマスプレゼントを贈る、という習慣を考え出したのですね。彼らは賢明な人たちでしたから、もちろん贈り物も賢明なものでした。たぶん贈り物がだぶったりしたときには、別の品と交換をすることができる特典もあったでしょうね。さて、わたくしはこれまで、つたないながらも、アパートに住む二人の愚かな子供たちに起こった、平凡な物語をお話してまいりました。二人は愚かなことに、家の最もすばらしい宝物を互いのために台無しにしてしまったのです。しかしながら、今日の賢者たちへの最後の言葉として、こう言わせていただきましょう。贈り物をするすべての人の中で、この二人が最も賢明だったのです。贈り物をやりとりするすべての人の中で、この二人のような人たちこそ、最も賢い人たちなのです。世界中のどこであっても、このような人たちが最高の賢者なのです。彼らこそ、本当の、東方の賢者なのです。

<版権表示>
Copyright (C) 1999 Hiroshi Yuki (結城 浩)
本翻訳は、この版権表示を残す限り、訳者および著者にたいして許可をとったり使用料を支払ったりすること一切なしに、商業利用を含むあらゆる形で自由に利用・複製が認められます。
プロジェクト杉田玄白正式参加作品。
<版権表示終り>




2007/11/22

憎しみでも恐怖でもなく愛していると伝えたかったということ(NY 9・11事件)

メンタルヘルス・ウェブログ

家族に向けた最後の言葉 ◇ NY 9・11事件から(日刊スポーツ)

同時テロで犠牲になった人たちは、最愛の人に携帯電話でメッセージを残し、帰らぬ人となった。米メディア報道などを基に犠牲者の最後の言葉を集めた。

▲ブライアン・スイーニさん(38)

「自分らしい人生を生きて幸せになってほしい。絶対にだよ」
ブライアンさんは貿易センタービルに激突したユナイテッド航空機に乗り合わせた。妻のジュリーさんに電話したのは衝突のきっかり5分前。
「状況は悪そうだ。愛している。もう1度話したいが、だめなら、また天国で会おう」

▲トマス・パーネットさん(38)

ペンシルバニア州ピッツバーグ郊外に墜落したユナイテッド機から妻のデューイさんに携帯電話をかけた。
「みんな死ぬことは分かっている。だけどここにいる3人で何とかしてみるつもりだ」
大統領山荘を狙っていたとの情報もある同機は目標をそれたが、乗客との格闘が原因との見方が出ている。
「愛している」と言ってトマスさんの通話は途絶えた。

▲シーシー・ライルズさん

ユナイテッド機のスチュワーデス。フロリダ州に住む夫と4人の子どもに電話した。
「どんなに家族を愛しているか知ってほしい」 
背後では乗客の叫び声が聞こえたという。

(「日刊スポーツ」2001.9.15より)

"CNNを見ていて、先ほどキャスターの女性が、ハイジャックされた飛行機から電話をかけてきた乗客の最後の言葉についてコメントをしていました。
「死を悟った人達の最後の言葉は、憎しみでも恐怖でもなく『愛している』という愛の言葉で した」と。
胸がつまって、とても苦しくて、たまらなくなり ました。 事件に関していろいろな思いや、意見が交わされ、報道される中ですが、ものすごく心に響いた一言でした。
うまく言えないのですが、1 つ1つの言葉が何度も何度も頭の中を回るのです。死を悟った人が、憎しみでも、恐怖でもなく、愛していると伝えたかったということが・・・"
2001.913のとある掲示板より」



2007/10/27

ありがとう~「ありがとう」って言いそびれたヤツいる?

メンタルヘルス・ウェブログ

­ありがとう
いい言葉ですね。人間って、この言葉があるから優しくなれる。
言葉・・・?いえ・・
気持ちだけでもいい。ありがとうって想う気持ちがあるから人が人でいられる。
喜び・哀しみ・怒り・・・いろんな気持ちの背景に「ありがとう」ってゆう気持ちや言葉が時に自分を、相手を・・つなげてくれている。
あんまり有名すぎて今更・・なんて気もしないでもありませんけれど、
「ありがとう」って言いそびれたヤツいる?



1 :Mr.名無しさん :04/07/27 04:28
    ♪もーしもー、もう一度アナタに会えるなら
     たった一言伝えたい
     「ありがとう」
     「ありがとう」
     時には~、傷つけーあっても、アナタを感じてーたーいー♪

俺はこの曲で、後悔の念で泣ける。
誰が歌ってんだろ。
某フラッシュのBGMなんだが。

まあそんなわけでオマエラ。
ありがとうって言いそびれた毒男いるか。
生きてはもう二度と会えないんだから、ここで言っとけ。

61 :Mr.名無しさん :04/07/27 04:28
俺に言わせてください。
ありがとうって言いたいです。
いつも毒男板に来ては煽ってばかりいた性格の悪さを省みています。
きっと俺に罰が当たったんだ。悪性リンパ腫って…手遅れって…

母さん、マジでありがとう。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。

生んでくれてありがとう。こんな俺でも生んでくれてありがとう。
愛情を注いでくれてありがとう。沢山笑ってくれてありがとう。
一緒にへこんでくれてありがとう。一緒に泣いてくれてありがとう。

あなたは最高の母親です。オヤジも鼻が高いさ。
いっぱい泣きたい。あと一ヵ月後にはあなたのいない暮らし。
俺が芋ようかん買ってきたくらいで、病院のベッドではしゃがないでよ。
顔をくしゃくしゃにして喜ばないで。そして食べながら泣かないで…

母さんが喜ぶなら、芋ようかんずっとずっと買ってくるよ。
母さんがいなくなっても、ずっとずっと母さんの為に喜ぶ事をするよ。
母さん、ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。

79 :61 :04/07/27 05:37
すいません。今まで泣いてました…
厚かましいけど、書かせてくれ。お願いします、書かせて下さい…

最近はずっと起きてる。なるべく寝ないようにしてる。
寝ても二、三時間くらい。
後、俺の家族に残された一ヶ月って時間を、出来るだけ記憶に留めておきたかったんだ。寝てしまうその時間すらも惜しいんだよ。

俺に何か出来ないか、俺に何か出来ないか、そればっか考えてる。
残念な事に、俺には何も出来ないんだよ。病気の進行は容赦ない。
母さんをすぐに蝕んでいくんだ。薬の副作用で母さんの顔がむくんで、髪がボロボロ抜け落ちていった時に、
「アハハ、お母さんブサイクになっちゃったわねぇ~!!」
って、母さんは元気いっぱいに俺に言ったんだ。

俺が病室を出ると、母さんの泣き声が漏れてきた。
俺は病院の廊下で恥ずかしながら泣いたよ。
俺の前では元気いっぱいに振舞っていたのは
親心なんだって気付いたよ。母さん、俺バカでごめん。

だから、俺が出来る事って稚拙だけど、母さんの好きな芋ようかんを買っていってやったんだよ。俺はたまに買って行ってやるんだ。
母さんが病気になる前から、給料入ったらお土産で買ってくのね。
はしゃいで、顔をくしゃくしゃにして喜んで…食べながら泣いて…

日常ってとても素晴らしいものだね。些細なことでもキラキラしている。
芋ようかんですら愛しくて、ありがたくて、
涙が出てしまうくらいのものだよ。

俺はきっとこれから、いつもの芋ようかんを買う和菓子屋を通る度に その日常を思い出して、泣いて、「ありがとう」って感謝するんだろうね。本当は眩しいくらいのものなんだよ、日常って。絶対に家族ってとてもとても眩しいものなんだよ。

だから、恥ずかしくても自分の家族にありがとうって言ってやってくれ。
暖かくてキラキラしててかけがえのないもの。
俺の中では永遠に生き続けるもの。

母さんありがとう。

…もうだめぽ。スクリーン半分涙で見えねぇよ。。。


97 :61 :04/07/27 08:08
今は家に取りに来なきゃいけないものがあって帰ってきた。
急いでるのにウケるよね。
2chに書き込んでる暇があるならさっさと病院行けって感じだろうね。
病院行きたくないんです。
母さん、死んじゃった。

朝死ぬことねぇだろ…本当に母さんらしいね。
ほんっと、人騒がせな親だよなァ。
ねぇ、母さん。死んだら芋ようかん食えないよ?
死んだら、買って行ってあげないよ?
死んだら食べれないんだよ?
本当に急すぎて、ネタだと思われるだろ?
人騒がせだなァ…

母さん、ムカついてるでしょ?
医者にはあと一ヶ月って言われてたのにね。
一ヶ月、芋ようかん食べれたのにね。俺も買って行ってあげたのにね。

何でだよ、棺おけに芋ようかん入れたくないよ。

買って行くから、また食べてよ。

また笑ってよ。

また俺の名前呼んでよ。

142 :61 ◆1Z4mF1mWnQ :04/07/27 20:34
最初って涙なんか出なかった。
親戚や友達に連絡して、それはもう事務的にお通夜とかの準備をしなければいけなくて。涙を流す暇がないっていうのかな。オヤジも姉ちゃんも、同じように忙しくて悲しみにひたる余裕はないって感じでした。忙しさに追われたから、俺は今日の一日を冷静でいれたのかも。

一度、家に帰ってくる時に三人で夕飯食べたんだ。ハンバーグ食べた。
オヤジが、「うまくないなぁ…か…」
って、言葉詰まらせてイキナリ泣き出したんだ。子供みたいに。

俺はすぐ分かった。
その、「か…」の後に続けようとした言葉がすぐに分かった。
オヤジと母さんはよく食べ歩きが好きで、うまい店があると家族サービスとかいってはよく連れて行ってくれてたんだよ、俺と姉ちゃんを。

オヤジは「うまくないなぁ、母さん」って
いつもの癖でついつい言ってしまうところだったんだろうね。
俺は黙ってた。姉ちゃんも黙ってた。
俺は泣かなかった。泣けなかった。黙って食べてた。
何かしゃべったら俺も崩れてた。

今日の夕方もむしむしと暑くて、地元のスーパーはいつも通りにぎわっててさ… 思わず寄ったよ。特売のトウモロコシと枝豆売り場には主婦が沢山いてね
その中に母さんいるんじゃないかって、バカげた子供みたいな考えに変な期待持っちゃって。
「アツシ、トウモロコシ買ってきたから茹でてあげるからね~ッ!」
って、 一昨年の夏みたいに、笑う母さんの顔が見たかった。
こんなクソ暑い夏に、リビングで寝っ転がりながらトウモロコシを食う俺の行儀悪さをうるさく言う母さんの声が聞きたかった。

ああいうのを本当は小さな幸せって言うんだろうね。
けど、小さすぎて当たり前すぎて見えないんだよ。
いなくなってしまってから初めて分かるんだ。
それがビー球みたいにいろんな色があって綺麗で素朴でキラキラしてるって分かるんだよ、きっと。

152 :61 ◆1Z4mF1mWnQ :04/07/27 23:57
もう今日でここに書き込むのは最後にします。
みんな色々と辛いことを乗り越えての今があるのだと思いました。

だから俺だけ弱くてうじうじしていてはいけない。みんなが通る道なんだよね。けど、今だけ俺の弱さをどうか許してください。昨日の今日では強くなれない…

悲しすぎる。

オヤジが俺に封筒を渡してきました。
葬式までに必ず読んでおけって。オヤジはその中身を知らなかったらしい。姉ちゃんの分もあるって言っていたから、母さんからのものだってすぐに分かった。

俺は本当に弱い。もっと強いものかと思っていたら全然違った。弱すぎだ。
その封筒の中身を読んで、泣きじゃくった。今も涙が止まらない。どうして2chに書き込んでいるのかもよくわからない。誰かに聞いて欲しいからかな。誰かに何か言って欲しいからかな。

「アツシへ
お母さんがこんな手紙を書くことなんてなかったからさぞかしビックリしているでしょう。
アツシも知っている通り、お母さんは後三ヶ月くらいなんだってね。今のお医者さんはすごいね、余命をすぐに言ってくるなんてね。時代は変わりましたね。お母さんがお婆ちゃんを亡くした時は、ひた隠しにされたのにね。こっちの方がスッキリしていいかもね。
お母さんね、もっとアツシとナミを見ていたかったんだけどね。ごめんね。
あと三ヶ月しか見れないのか、うーん、残念だよ。
アツシ、旅行に連れて行ってくれるって言ってたしね。お母さん、北海道がいいな。美味しいものを家族で食べに行きたいじゃない。それで小樽にも行ってみたいんだ。アツシ、お母さん頑張って元気になるから、その時は北海道旅行をよろしくね。

153 :61 ◆1Z4mF1mWnQ :04/07/27 23:58
あなたは家族思いの良い子です。言葉遣いは汚いけど、それが照れ隠しなんてお母さんはちゃんと知っているんだからね。だてにあなたを23年間も育ててきた訳じゃないんだから。あなたとナミは私達の自慢の子供です。
あなたもいずれ親になって分かると思います。自分の子供がどんなにかわいくて仕方ないか、絶対に分かる日が来ます。お父さんが頑張って働くのも、お母さんがご飯を一生懸命に作るのも、
あなたたちがかわいいから。あなたたちを愛しているから。あなたたちと幸せを創り上げたいから。それが親心だよ。アツシも絶対に分かるはずだよ。
けど、お母さん、子供孝行出来てないよね。あと三ヶ月の間に出来る事って何かを考えたんだけど、お母さんバカだから分からないや。ごめんね。
だから、この手紙はあなたたちに謝りたくて、今こうして書いているの。
無責任な親だね、無責任なお母さんだね。ごめんね、お母さん無責任で。

アツシ、お母さんの子供で幸せでしたか?
お母さん、自信がないな。お母さんなりに頑張ってきたつもりだけど、自信ないよ。
だから、この手紙を読んだら、素直にお母さんに言って。
お母さんの息子で幸せだったか、素直に言って。
もし、幸せだったなら、お母さんもっと頑張っちゃう。
もし、幸せじゃなかったんなら、お母さんもっともっと頑張っちゃう。
大好きなあなたたちの為に、お母さんは頑張るよ。エイエイオーって頑張るよ。
あなたたちを授かって良かった。本当に良かった。
お母さんは幸せ者だね。幸せすぎるね。

あ、しつこいけど、お母さんは夏くらいに北海道行きたいな。家族で行こうよ、北海道。きっといいところだよ。美味しいものたくさん食べようね。アツシの運転する車で、北海道をぐるぐる家族四人でまわるの。ステキでしょう。期待してるよ、アツシ。ナミには別のものを頼んであるから一人だけの手柄なんかにしないこと!
夏に家族四人で北海道行こうね、お母さん頑張るよ!!

字が汚くてゴメンね。
お父さんも、ナミもアツシも、お母さんはみんな愛してるよ。幸せだよ。

                        アツシのお母さんより 」

って。書いてあった。

160 :61 ◆1Z4mF1mWnQ :04/07/28 00:52
これで最後です。
俺は忘れてはいけないことがあります。
俺が自己満足で書き込んで、それに対しての温かい言葉、煽り、
全てにありがとうと言いたいです。
みんな、ありがとう。

母さんを北海道に連れて行けなかったことが残念でなりません。
そして、弱い俺はいまだに涙を流しっぱなしです。

家族を大切にして下さい。愛情を素直に受け取って下さい。
小さな幸せを大切にして下さい。
恥ずかしがらずに「ありがとう」と言って下さい。

俺はみんなに感謝しています。みんなの優しさにひたすら感謝です。
夏が過ぎて秋になって、冬になって、どんどん季節が廻ります。
その中での「ありがとう」って、誰にでもあるはずです。
素直にありがとうと言える事は素晴らしいことです。
涙が流せるくらい、美しいものです。
みんなありがとう。

母さんありがとう。
         ・
         ・
         ・

193 :Mr.名無しさん : 04/07/28 23:30
今日はろうそくを絶やさぬように、寝ずの番です。
遺影の母さんは笑っています。