2007/08/09

脱力主義 

メンタルヘルス・ウェブログ

脱力主義!
これでいきたいですね・・。
これは、うつ病の症状である脱力感を後ろ盾するのではなく、何事も気負う事なく・・ちょっと力を抜いて毎日を送りたいなってことなんです。
ただ、そうしたいなと言うんではなく、「そうしてゆく必要がある」と、認識しておいた方がベターですよね。何故なら・・僕達は、うつ病家族なんですから・・・。
やはり、自己改革してゆきながら・・長い目で克服という着地ポイントを遠目にイメージしつつ・・、病気に対する「自分達に合った、出来る事」を学んでゆかなければならないなと思いますからね・・・。
それに、患者や周りの人間が悶々と・・深く暗闇にさまよっている時に「力を抜いて・・」なんて考えたところで、それは・・苦しい自分に「言い聞かす」スタイルでの取り組み方になってしまいますよね・・・。だから、限りなく自然体で・・脱力主義を掲げるって事は・・・
心への効き方が、また違ってくるはずのように思えてくるんですよね・・。
僕達は、おそらく回復期と言える段階に入ったと自負しており・・次回の診察でも主治医にその見解を後押ししていただこうかなと・・考えているんですが(笑)、まさに・・そういう時期にさしかかった今、それらは・・自然体で考え、取り組む。っていう・・・言い聞かせて癒しめていた過去とは違うスタイルにチェンジしてゆかなければと感じるところであります。
逆に・・非常に重要な時期にさしかかってきたんだなとも言えますよね・・。
ならば、これからが長い?
いえ・・長くてもかまいませんよ(笑)
それはそれで、また・・
いろんな問題が出てくるんでしょうが、過去と比較してみるならば・・
多分、「つきあう」レベルでやってゆけるはずですからね。
こういう意味においては・・僕は、他人と不幸の競い合いはしない主義ですが、自己の中では・・比較して自己をコントロールする材料にするのはいい事だと考えます。
ところで・・・
僕の妻は、完全主義。理想主義でありますから・・
そういう性分は、うつ病の側からして見ると・・おいしい部分なんでしょうね(笑)。
とっつかれやすいって言うか・・・
いい人なのに・・損なタイプ?
だから・・「脱力主義」。
何事も・・力まずに、ちょっと力を抜いて・・
そして・・「脱力主義」っていう明確な言葉をキーワードにして気持ちに据え付けておく事が大切であるような・・。
完全主義なんだから、そんな感じで・・ちょうどいい(笑)
それでも性分に負けて?心のアクセル踏んでしまいそうなら・・この僕がブレーキ役?
でも・・急ブレーキは禁物!緩やかにポンピングブレーキにて・・・(笑)
そう・・
うつ病家族。家族みんなで宣言!脱力主義!!
ただし・・・?
父親業は全力主義にて・・・!?



2007/08/06

結婚観

メンタルヘルス・ウェブログ

妻の「うつ病」が結婚以前からの存在であったとしたら・・・?
うつ病を患う恋人と結婚していたか?という意味合いにはなってしまうんですが・・
どうでしょう・・・?
こういう事は、自分自身に対して、答えようのない問いかけかもしれません。
しかしながら・・・
「していたか?」「していなかったか?」っていう答え方しかないとしたら・・・
「していた」。
・・・・・でしょうね。ただ、あまりにも対象の奥行きが深すぎて・・・やっぱり、一言の言い切り形式では答えにはなりにくいところではありますが・・・。
何故そんなボソボソとした言い方になるのかと言うと・・・
結婚すれば「他人ではなくなるから・・・」。
そして・・「もと他人」。
これは一言の言い切り形式で、ズバリ判断するところであります。結婚っていうのは、自分達の結び付きを核として・・ソレに関する愛情云々とは全く別の次元で親戚であるとか、生まれてくる子供の事のと・・・実に様々な人間関係が膨らむものでしょうし、まさに子孫繁栄なんて・・・
大きく広く古い(笑)・・考え方も、ないがしろにはできませんからね。
うつ病っていう病気と向き合いながら、
結婚というゴールではなくスタートを切る事において・・・
患者では無く・・・支える側の人間は、それ相応の「覚悟」が必要になってくるのは否めないと思うんですよ・・・。何も、全てを犠牲的感覚で捉える事は間違っているんですが・・そういう意味の覚悟ではなく・・・
相手の人生を傷つける事もなく、自分の人生が傷つけられることもなく・・・
いくら夫婦といえども、相手の人生を所有する事は出来ないと思ってますから。僕は・・・。
キツイ言い方をするならば、結婚するという事は離婚という保険付きの行為・・・。
実は、それ程・・・結婚っていうのは「賭け」みたいなものなのかもしれませんよね。そういう関係柄の中に、「うつ病」っていう根の深い問題を携えてゆく訳である以上、やはり・・・「絆」に限りなく近い愛情関係が成立していないと、互いの人生の大半を占める年数を共に生きるパートナーであるためには・・・
そんな風に考えてしまうところでありますね。
よく人は言います・・・。
「病気と一緒になるんじゃない!目の前のコイツと一緒になるんだぞ・・・」と・・・
でも、わかってる・・・。わかっちゃいるけど、コイツの向こうに病気が見えるんじゃなくて・・コイツの前に病気が映ってしまうんだ・・・
僕には・・、そういう解釈も「わかります」。
さらには・・結婚「してしまう」前に、興信所を利用して経歴等を調査する人だっているでしょう・・・。それも、「わかります」。
・・・・・・・・・・・・・・・。
幸せって・・・その人のための、その人だけのものだと想うんです。・・・って事は、その人だけのものだから他の人の幸せと比べてしまう事ってナンセンス??
比べない?でも比べてしまう・・・。ちゃんと「欲」っていう比べる能力があるから。
その「欲」の部分をコントロールできる容量の「気持ち」が愛情となり勇気となり、20年30年40年・・と膨大な月日を「共に歩んでゆく」為の地盤となるんでしょうね。
大切に想う気持ち・・・。
そういう気持ちでスタートした二人は、
右に左にと・・・さまよいながらも、再び・・・そういう気持ちに辿り着く。
そんな関係・・・「いい夫婦」。






2007/08/05

老眼の疑い!?

メンタルヘルス・ウェブログ

会社の同僚と雑談していたんですが・・・
僕が、最近・・・小さな文字を見るときのピント合わせのレスポンスが遅いなぁと、同僚に呟いたところ・・・
彼、いわく・・・・・
そりゃ・・老眼じゃないのか!
?!
老眼?!
そうだよ!老眼ダッ!
馬鹿な・・・!40手前で、何が老眼ダッ!
馬鹿な事はない! 
歳がどうのじゃなくって・・・目の老化と年齢は別進行するんだからなっ!
??
・・・・・・・・・・・・・・・・
要するに、少々・・・照度の低いところで、小さな文字なんかを見ようとすると一瞬モワッとピントがずれてしまうんですよね・・・。
彼の主張で、年齢と目の老化は・・
同じ速度で老化してゆかない事に一応の理解はしたものの・・・
帰宅してから目の健康管理について、ちょっと調べてみたんです。

瞳っていうのは、潤ってないと駄目ですからね。その為にマバタキっていう動作をしますよね。そのマバタキに関しては1分間に20~30回位するのが望ましいらしく・・・
PCや携帯画面等を見つめていると、その回数が1/4程度迄・・減少するらしく・・・
すなわち「潤わない」。
それは「ドライアイ」なんて言われ方するらしく・・・。
また・・・近くばかりをずっと見続けていると、ピント調整をする目の筋肉が疲労してしまい・・・すなわち「疲れ目」。
「目」も・・・酷使するとダウンするって事ですね・・・。当たり前と言えば当たり前の話ではありますが(笑)。
そんな時・・・簡単に疲れを緩和する方法っていうのは専用の「目薬」なんかもあるんでしょうが、例えば・・・
蒸しタオルで間接的に目を温めると良く・・・方法としては10分位・・蒸しタオルを目にかぶせてじっと温める。
すると目の血行促進となり、筋肉疲労の改善・・また、水分補給の効果も得られるらしくドライアイの改善にも効果あり!
ついでにPC等の「見る」対象物への視線は下向きがベター・・・。
これはテレビなんかにもあてはまるらしく・・・。
ちなみに・・
蒸しタオルって、水で絞ってレンジでチンすると簡単にできちゃいますね。

・・・とまあ、
こんな小技で、僕の老眼説をくつがえしてみようかなと思うところでありました・・・。



2007/08/03

あい

メンタルヘルス・ウェブログ

愛すべき人間を愛せないでいる自分を・・・
今・・・知っている
でも・・・
知ってる自分の中には必ず・・・
知らない自分が存在している
愛し方に迷った時・・・
愛するしかない



愛し方は・・・
愛すること
遅咲きでもいい
それでかまわない・・・・・。

あ い  谷川俊太郎

あい 口で言うのはかんたんだ
愛 文字で書くのもむずかしくない
あい 気持ちはだれでも知っている
愛 悲しいくらい好きになること
あい いつでもそばにいたいこと
愛 いつまでも生きていてほしいと願うこと
あい それは愛ということばじゃない
愛 それは気持ちだけでもない
あい はるかな過去をわすれないこと
愛 見えない未来を信じること
あい くりかえしくりかえし考えること
愛 いのちをかけて生きること



2007/08/02

母の愛

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例えばの話なんですが・・・
ここにある夫婦がいるとします。
うつ病で苦しむ妻。伴侶である夫。子供。
妻は、長年・・・うつ病を患い続けていて、子育てを満足にこなしてはいない。そして、夫は妻の代わりに子育てと仕事を両立させている。

しかし・・・、夫は段々と不満と不安と苛立ちが蓄積されてゆき・・・
子供への愛は深まり・・・妻への愛は冷めてゆく・・・。
そして夫はいつのまにか心の拠り所を愛人へと向けるようになる。
結果、離婚問題へと・・・。
夫は親権を譲るつもりは無い。
妻は子供を手放したくない。でも・・・過去の経緯と、これからの不安が・・・子供への愛情にブレーキをかける。
夫への愛は薄れつつある・・・。しかし、子供への愛は膨らんでゆく・・・。
でも今迄、抱き締める事すら拒んだ自責の念と、愛し方すら見失った自分が・・そこに居る。

ここからは僕の個人論ですけどね・・・
父か母のどちらか?っていう選択をしなければならない時・・・
僕は、母だと思うんですよ・・・。
父親って・・・結局のところ、子供を導いてゆくことは出来ても・・母親の愛情を真似する能力って最初から持ち合わせていないような?
母親って・・・正面から抱き締めて愛情を注ぐ事が出来ると思うんですが、父親って後姿で導いてゆく事しかできないんじゃないかな?ってね・・・。
母性本能っていう言葉があっても父性本能?っていう言葉は聞きませんから・・・。
子供を育て・・守るのが母親。子供と母親を守る為に闘うのが父親・・・・・??
当たり前のことなんですが、子供って父親の腹の中から生まれませんよね(笑)。
今日も、どこかで・・・って感じで、赤ん坊が毎日々、生まれ出てくるもんですから・・・その究極の神秘を忘れがちなんですけれど・・・
この腹の中で、もうひとつの命が宿り・・・長い月日を経てポッコリと出てくる・・・。
哺乳類がどうだとか女性ホルモンがどうだとか、
そんな難しいことは後回しにしておいて・・・
これは究極の神秘ですよね・・・。「すごい」ことなんですよ。多分。
いえ・・・間違いなく・・・。
命の誕生に対して命で支えて、「産む」。
軽はずみな言葉では言い回しの出来ない程の母親のエネルギーだと思うんですよ・・・。
・・・段々と、話が遠く広くソレテいってますから、ちょっと戻しますけれど・・・

離婚を決意して・・・
万が一・・・うつ病の存在を気にして、
「これからの・・」子育ての不安を感じるのなら・・・
それは、悩みどころがズレテいる・・・。
どうせ悩むんなら・・・「子育てをできる自分を失うこと」に対して悩むべき・・・
僕は、そう思うんですよ・・・。
うつ病と、離婚問題っていうのはかなり深く結ばれてしまう言葉同志ではあるんですが・・、うつ病は・・・子供への愛情を消し去るほど強いモンでもなんでもありませんよね。
あんなもの・・・。
フラフラと近寄ってきて、人の心を掻き乱し・・・そしてフラフラと去ってゆく。
そんなモンに負けるほど・・・
命を宿し、産み・・・育てる・・・愛は弱くないんですから・・・・・。